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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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「私は研究の続きがあるので帰らせてもらうぞ」
 紅葉は白衣をなびかせながら足早にその場を立ち去ろうとしたが、それを天使が引き止めた。
「ま、待ってよ、幻術の研究も?プロフェッサー?の大事な仕事だろ」
「幻術ならば、あの凄腕の魔導士がいるだろう」
「彼女なら、ヨーロッパで魔導書が発見されたとかで出かけて行っちゃったよ」
「魔導書か……私もそちらの方が興味をそそられる。私も研究のために出向いてみるか」
 プロフェッサーの頭の中にはもう切り裂き魔のことなど微塵もなかった。今、彼の頭にあるのは魔導書のことだけだ。
 帝都の天使は本当に困っているのだか疑わしい表情をしながら目を閉じ少し考えた後、その艶やかな唇を動かした。
「わかった、取引をしよう」
「取引?」
「その魔導書を紅葉にやる代わりに仕事手伝ってよ」
「よかろう、しかし、その魔導書はどうやって手に入れるつもりだ?」
「彼女のことだから、その魔導書をパクってくると思うし、彼女1回読んだらすぐに覚えちゃうから、そしたら、君にやるよ」
「契約成立だ。それでは時雨[シグレ]、一緒に狩りを始めよう」
 その言葉を聞いた時雨は不適な微笑み浮かべ空を見上げた。

 白衣の裾をはためかせながら紅葉は横を歩く時雨に尋ねた。
「切り裂き魔の現れる場所の見当はついているのだろうな」
「ボクの半径1キロメートルに奴が入ればダウジングでわかると思うよ」
 天使の右手には紐状の物が握られており、その先端にはひし形の宝石らしき物がぶら下がっていた。
「奴がボクの半径1キロメートルに入ると、こんな風に魔石がその方向を示してくれるんだけど……あっ反応」
「……気づくのが遅い」
 紅葉が気づいた時には、天使は月光に照らされたビル街を魔鳥のごとく宙を舞っていた。
「紅葉、遅いよ、早くしないと逃げられちゃうよ」
 黒い魔鳥は少し後ろを振り返ったが、すぐに前を向き、また空を舞った。それを見ていた白い魔鳥も空を舞い黒い魔鳥を追う。
 そしてこの日、2羽の魔鳥が帝都の夜空を舞った。
 今宵の帝都は静けさに満ち溢れていた。
 月光に照らされたビル街はまるで氷でできた彫刻のようであったし、風もなく、獣の声すら聞こえない、まるで廃墟と化した街のようであった。
 時計の針は深夜12時を回っていた。夜の闇は深さを増し、路地を照らす光は街灯と月光のみであった。
 時雨の辿り着いた場所は街の影である裏路地。満月の晩に人が足を踏み入れない場所。妖魔の巣食う世界だ。
 ひもの先に付けられた魔石が獲物の方向を強く指し示している。
 真剣な表情をして時雨は紅葉に顔を向けた。
「反応が強くなった……もう近いよ」 
「後、どのくらいだ?」
「……目の前」
「!?」
 天使の言葉に紅葉は少し度肝を抜かれた感じだった。
 二人の魔鳥の前方には紫色の髪の若い男性が、何かを物色するように辺りを見回しながら歩いていた。
「あれが獲物か?」
「あぁ、そうだよ、でもやっぱり、今夜は獲物がなかなか見つからないらしいね。ほら、あんなに辺りを見回して」
「満月の晩にこのような場所に好き好んで出かける奴はいないだろう」
「知能低いのかな」
 とそんな会話を二人がしていると、切り裂き魔は二人に気づいたらしく全速力で突進して来た。
「ボクのことちゃんと覚えててくれたみたいだよ」
 ほら、といった感じで時雨は切り裂き魔を指差し、紅葉の方を振り向き微笑みを浮かべた。
 切り裂き魔の両手には鋭い爪のような武器が装着されている。
「シザーハンズか、肉弾戦は私より時雨、君の方が向いているだろ」
「OK!」
 時雨はそう言うとコートのポケットから何かを取り出し、それについているボタンらしきものを押した。すると時雨に握られたそれの先端から、閃光が飛び出しまばゆい光で辺りを照らした。ビームサーベルと呼ばれるようなものなのだろうか。
 シザーマンは時雨目掛けて鋭い爪を振り下ろす。時雨はその攻撃を流れるように素早く躱[カワ]すと、ジザーマンの頭上から地面にビームサーベルを叩きつけるように振り下ろした。
「捕らえた!」
 時雨の手にはたしかに手ごたえがあった――。しかし、その時、時雨に紅葉から罵声が飛ばされた。
「どこを斬っている! 獲物はこっちだ」
「えっ!?」
 時雨はシザーマンの幻術に惑わせれたのだ。そして、彼が自分の置かれた状況について把握した時には、すでにシザーマンは紅葉にその刃を向けていた。
「肉弾戦は私の専門外なのだが……」
 そう言いながら紅葉はどこからともなく二つのフラスコを取り出し、蓋をしてあるコルクを抜くと科学の実験をはじめた。
「これを実践で使うのは初めてなので、いいレポートが書けることを期待する」
 そう言い終わると紅葉はフラスコの中にある不思議な液体を一つに混ぜ合わせた、すると、フラスコの中から大量の煙が発生し辺りを包み込んだ。
「ねぇ紅葉、仲間のボクまで見えないよー」
「大丈夫だ、君が見えんということはシザーマンにも見えておらん」
「ああ、なるほど……ってダメじゃん」
「もうすぐ、霧は晴れる、お楽しみはその時だ」
「はぁ?」
 辺りをたちこめていた霧が徐々に晴れてきた。すると、そこには目を疑うような異様な光景が広がっていた。
「何これ!」
 と大声を上げたのは時雨だった。彼が大声を上げるのは無理もない、なぜなら――。
「実験は成功だな。私が調合したこの薬は人間に一種の幻覚作用を引き起こす。君に難しい話をしても分からんだろう、まぁ薬の効能は見ての通りだ」
「見ての通りって、紅葉がたくさん居るよ」
 時雨の目には何人もの紅葉が映っていた。その時雨の目に映る紅葉たちは個々に別々の動きをしている。
 シザーマンは紅葉の幻影を次々に斬りつけていくのだが、傷も付かなければ、血も一滴も出ない。
 それを見ていた紅葉たちがいっせいに不敵な笑みを浮かべた。
「後は君の仕事だ時雨、奴が私の幻覚を相手にしているうちに仕留めろ」
 時雨はビームサーベルを構えると、シザーマンにその刃を向けた。
 彼の剣技は美しいという言葉が相応しい。まるで舞を踊るかのような剣さばきにシザーマンが気づいた時にはもう遅かった。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
 シザーマンは悲鳴を上げるとその場に倒れ込んだ。彼は幻術を使う暇もなく呆気なく縦に裂かれてしまった。
「呆気なかったね……なんか」
「そんな、相手にてこずっていたのはどこの誰だ?」
「!?」
「どうした?」
「爪が勝手に動いてる」
「何!?」
 二人の目線の先には不気味な動きをするシザーハンズがその鋭い爪を時雨に向けていた。
「こちらが本体のようだな」
 シザーハンズは装着者の手を離れ時雨目掛けて飛んで来た!
 時雨は目にも止まらぬ速さでシザーハンズをビームサーベルで地面に叩きつけた。と思った瞬間、またも紅葉から時雨に罵声が飛ばされた。
「どこを斬っている、獲物が逃げるぞ!」
「えっ!?」
 時雨が気づいた時には敵はその場から姿を消していた。またもや彼は幻術に惑わされてしまったのだ。
「はぁ、逃げられた」
 ため息をついた時雨の身体はまるで周りの闇に溶け合うように深く深く沈んでいった。