Journeyman Part-2
4.開幕
(ここが俺たちのスタジアムか……)
プレシーズンゲームを終えて東京に移動したサンダースは空港からのリムジンで本拠地になる東京スタジアムに直行した、キャンプからトウキョウ・サンダースを名乗っていたが、施設整備の関係で今日初めて自分たちのホームとなるスタジアムを訪れたのだ。
2002年のサッカーワールドカップに合わせて建設されたスタジアムなので新しいとは言えないが、充分整備されていて古さは感じない。
誰もがここを本拠地とする初めてのフットボールチームになるのだという興奮に包まれる中、リックと飛鳥は手放しで喜んではいられなかった。
「空のスタンドと言うのは寂しいものだな、飛鳥」
「ええ、ここを常に満員にしなければならないんですよね」
「簡単なことではないんだろう?」
「ええ、確かに……大学時代はサブグラウンドで随分試合しましたが、3,600人しか入らないスタンドが満員になることは滅多になかったですよ」
「NFLと言うブランドだけで乗り切れるものではないな」
「ええ、日本の大学フットボールとは全然違うんだというプレーを見せ続けられなければね……」
「やるしかないな、もうここまで来てしまったのだから」
「ええ、やるしかないです」
二人は決意も新たにしていた……。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
新生サンダースの処女航海は雲ひとつない青空に恵まれた。
チケットは早々に売り切れ、スタジアムは初めて開催されるNFLの公式戦、それも東京をホームとするチームの開幕戦と言う華やかなムードに包まれていた。
対戦相手は同じNFC西地区に所属するサンフランシスコ・ゴールドラッシャーズ、80年代には伝説級の名クォーターバックを擁して黄金期を築いた日本でも人気の高いチームだが、スタンドにはサンダースのレプリカジャージを着た観客が目立つ。
サンダースの面々は真新しいユニフォームに身を包んで出番を今か今かと待っている。
千歳緑と呼ばれる、冬でも色あせることのない松葉をイメージした深緑をジャージとヘルメットに採用し、パンツとゼッケンには山吹色が配されている、どちらも日本の伝統色、ヘルメットのマークも雷神をデザイン化したもの、アメリカを象徴するようなフットボーラーのいでたちに『和』の要素を盛り込んだデザインだ。
サンダースの入場を待ち受ける観客の頭上で雷鳴が轟いた、この日のために工夫を重ねて制作された花火だ。
そして名前をアナウンスされた選手たちがゲートをくぐって次々にグラウンドに飛び出して行く。
「アメリカと変わらないな、日本じゃフットボールはあまりメジャーなスポーツじゃないってワイフが言うもんだから心配したが、杞憂だったみたいだな」
盟友・センターのマット・ゴンザレスが嬉しそうに言った。
確かにアメリカでの開幕戦と同様、大きな歓声で迎えられている。
「そうだな」
リックも笑顔を返した。
日本にもフットボールファンは沢山いることはジョシュに聞いた、熱心さではアメリカのファンに引けを取らないとも聞いているが、それを裏付けるような歓声だ。
しかし、ジョシュからアメリカとはファン層の厚さがまるで違うことも聞いている。
今日、スタジアムを埋めてくれている観客に愛想を付かされたらチケット待ちのファンはどれ位いるかわからない。
毎年、毎試合この雰囲気を維持して行くためには今日の観客のハートを掴むだけでは足りない、フットボールファンの層を厚くして行くことが必要なのだ。
そして、それはサンダース次第、当然毎試合勝てるわけではないが、次もまた見に来たくなるような試合を続けて行かなければならない。
先発オフェンスライン各々の名前が呼ばれ、マットが走り出して行った。
そしてバックス陣、やはりケン・サンダースの名前が呼ばれた時の歓声はひときわ大きかったが、和田飛鳥への歓声はそれを上回るものだった。
コールも『アスカ・ワダ』っではなく『和田飛鳥』、オーナーのエドワード・タナカが直々に指示した呼び方だ。
そして最後に呼ばれたのはリックの名前だ。。
グラウンドに飛び出して行くとケンや飛鳥にも劣らない歓声。
リックはちょっと戸惑った、ジャーニーマンたる自分は良くも悪くも『代役』、入場セレモニーで受ける歓声もそれなりのものだった、だが、アメリカを遠く離れたこの東京ではそうではなかった、新生サンダースを引っ張る司令塔にふさわしい歓迎を受けたのだ。
リックはちょっと胸が熱くなり、アドレナニンが身体を駆け巡るのを感じた。
チームメートが作る円陣の中央に迎え入れられた彼は、いつになく声を張り上げた。
「わかってると思うが、日本じゃフットボールは新興スポーツみたいなもんだ、だから今日来てくれてる観客を一人も手放しちゃいけない、次の試合も、その次の試合もここに呼び戻そう、そのためにしなくちゃいけない事はわかってるな? ゴールドラッシャーズをサンフランシスコまで蹴りとばすぞ!」
その檄に呼応して、サンダースの選手たちは鬨の声を上げた。
飛鳥のキックオフで試合開始。
精密にコントロールされたボールは敵陣深く、5ヤード当たりのサイドライン際に飛んだ。
それをキャッチしたリターナーはフィールド中央へ向けたコースを取り、リターナーを守ろうとするゴールドラッシャーズと倒そうとするサンダースの選手が激しくぶつかり合う。
日本ではプレシーズンゲームやカレッジのオールスター戦が行われたことはあるが、最高峰たるNFLの公式戦は初めて開催される。
その最初のプレーで繰り広げられた肉弾戦の迫力は、非公式戦のものとは明らかに違う。
これを待ち望んでいたファンは多い、スタジアムのボルテージは一瞬で沸点に達した。
結果、サンダースの勢いが勝り、リターナーは縦に切れ上がるチャンスを見つけられないまま、フィールドの中央近く、10ヤード地点で倒された。
自陣深い地点からのゴールドラッシャーズの攻撃。
サイドラインのコーチが最初に選んだのは中央付近を衝くランプレー、しかしサンダースが誇るディフェンスタックル・グレイとミドルラインバッカー・ハウアーのベテランコンビが前進を許すはずもない。
セカンドダウン、ゴールドラッシャーズは短いパスを選択し、まだ経験の浅いサンダースのコーナーバック陣はそれを通されてしまうが、大ベテランのセイフティ、ウッズがレシーバーをサイドラインから押し出し、サードダウン残り3ヤード。
ゴールドラッシャーズは横パスを通してエースランニングバックの個人技に期待したが、ドラフト1巡ルーキー、ラインバッカーのデイブ・ルイスが素早く飛び込みランアフターキャッチを封じた、期待のルーキーがもぎ取った3ヤードのロスにスタンドは大いに沸いた。
ゴールドラッシャーズがパントを選択すると、リターナーの位置に立ったのはケン・サンダース。
エースランニングバックは通常リターナーの位置には入らない、守備側がスピードに乗って迫って来るキッキングゲームはどうしても怪我のリスクが高くなるからだが、新生チームの最初の公式戦、最初の攻撃機会と言うこともあり、ケンが自ら願い出たのだ。
作品名:Journeyman Part-2 作家名:ST