Journeyman Part-2
サイドライン際でワイドレシーバーとコーナーバックが競り合うが、パスは僅かに右に逸れ、ワイドレシーバーはコーナーバックに押し出されてフィールド内に足を残すことが出来ずにパスインコンプリート。
(それでいい)
サイドラインでビルは頷いた、サック出来ればなお良い事は確かだが、クォーターバックに投げ急がせ手元を狂わせることが出来れば目的は達せられる、パスを通されなければ良いのだ。
次のランは5ヤード進まれたが、サードダウン5ヤードで再びパス、短いパスを予想していたサンダースはそのパスをカットし、パントに追い込んだ。
自陣35ヤード付近からのサンダースの攻撃、パーカーをリードブロッカーに付けてケン・サンダースが右オフガートを衝く、だがそれはフェイクで、ハンドオフしたように見せかけて反転したリックは、ボールを抱えて左オフタックルを衝く。
前半に有効だったサンダースのランと言うこともあり、相手ディフェンスはフェイクにかかった、ディフェンスチーム全体が右に動き、左はがら空き。
とは言え、リックはお世辞にも俊足とは言えない、フェイクに気づいたラインバッカーが反転してリックを追って来る、リックは右ワイドレシーバーの位置からモーションして来たクリスにラテラルパスをする動きを見せる、しかしこれもフェイク、外に気を取られたラインバッカーの内側をすり抜けたリックは更に前進を試み、25ヤード進んだところで自らスライディングした。
突っ込んで行けばもう3~4ヤード稼げるところではあったが、サイドラインに押し出されて時計を止められるよりインバウンズでダウンすることを選んだのだ。
相手エンドゾーンまであと8ヤード。
リックはケンにボールを2度続けて渡し、ゴール前1フィートにまで迫ると、最後はクォーターバック・スニークで自らボールを持ち込んで20-17と逆転に成功した。
その後、ゴールドラッシャーズがショートパスを多用してきたが、それは想定の範囲内、『捕られても良いから出来るだけインバウンズで倒せ』と言う指示が飛ぶ。
ディフェンスが疲弊して崩壊することを恐れ、相手にも時間を使わせる作戦だ。
結果、相手に2本のタッチダウンを許したが、サンダースもタッチダウンとフィールドゴールを挙げ、2ミニッツウォーニングを迎えた時、30-31と1点のビハインドを背負っていた。
サンダース陣40ヤード地点からサンダースの攻撃、点差は僅か1点だからフィールドゴールで逆転できる、むしろ相手に時間を残さずにボールを敵陣25ヤード辺りまで進められれば理想的だ。
マット・ゴンザレスのスナップを受けたリックはケンにボールを渡すと見せかけて、逆サイドに走り出していたクリスにボールをピッチ、クリスは12ヤードを走りサイドラインに押し出されないように、ボールを掻き出されないように細心の注意を払ってインバウンズで自ら膝をつくようにして倒された。
次はケンがオフガードを衝く、3ヤードのゲインに留まったが、相手は堪らず一つ目のタイムアウトを使って時計を止めた。
セカンドダウンはパスに有利なショットガン・フォーメーション、だが、スナップを受けたリックは右に走った、そしてタックルに来たディフェンスを引き付けられるだけ引き付けて追うように走って来たケンにピッチ、ケンはラインバッカーを振り切って10ヤード走り、インバウンズで倒された。
ボールは相手陣内35ヤード、残り時間は1分35秒、サンダースのファーストダウン。
ここまで来れば飛鳥の実力をもってすればフィールドゴールの成功率は高い、もうファーストダウンは必ずしも必要ない、25ヤードまで出来るだけ近づけば良いのだ。
リックは3回続けてケンにボールを持たせて前進を図る。
相手も残り2回のタイムアウトを使って時計を止めるが、3回目のランでケンはファーストダウンを獲得、もう相手に時計を止める術はない。
リックはフルバックのゲイリー・パーカーに2回続けてボールを持たせて5ヤード進み、残り3秒でタイムアウトを取った。
20ヤード地点からのフィールドゴール、飛鳥ならば100%に近い確率で決めてくれる。
野球で言うならばサヨナラゲームのシチュエーションで飛鳥が登場するとスタンドは大いに沸き立った。
日本で初めて開催されたNFLの公式戦、そして逆転勝利のフィールドゴールを狙うのは日本人初にして唯一のNFL選手、和田飛鳥なのだ。
飛鳥はいつものルーティン、すなわちスパイクの大きさを利用して助走を始める位置を決め、ゴールポストの先端に取り付けられたテープを指差して風邪を確認して僅かに立ち位置を調整すると助走の構えに入る。
ロングスナップは僅かに高かったが、ホルダーに入ったティムは難なくキャッチしてスムースにボールをセット、そして走り込んで来た飛鳥の右足が一閃。
バールはゴールポストの真ん中を通過し、サンダースのメンバーが飛鳥を中心に輪を作った。
新生サンダースは本拠地で幸先の良い初勝利を挙げたのだ。
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スタンドからの大歓声を浴びながらロッカールームに戻った選手たちは興奮冷めやらない様子で歓声を上げ続ける、その中でリックはどっかりと椅子に腰を下ろした。
プロ13年目、経験豊富なリックにとってもこの一勝は特別なもの、それと同時にいつになく神経をすり減らすものでもあったのだ。
「よくやった」
ビルが手を差し伸べて来て、リックはその手を力強く握り返した。
ビルにとってもこの一勝は格別なもの、そしてリック同様神経をすり減らすものであったことは間違いないのだ。
「よくやった、新しいチームの門出を祝う勝利だ! まだまだ先は長いが、今日はこの勝利を心から喜ぼうじゃないか、今、我々は日本にNFLの灯をともした、歴史的な一勝だ!」
ビルが大きな声で演説すると選手たちからも歓声が上がる。
そして、ひときわ陽気なマット・ゴンザレスが叫ぶ。
「俺たちは誰だ!? 俺たちはトウキョウ・サンダースだ!」
マットの周りに人差し指を突き上げた選手の輪が出来た。
「俺たちはトウキョウ・サンダースだ!」
「サンダース万歳!」
「GO! サンダース!」
そう口々に叫びながらぴょんぴょんと飛び跳ねる選手たちの輪に、遅ればせながらもリックも加わって行った。
作品名:Journeyman Part-2 作家名:ST