Journeyman Part-1
5.ドラフト
フリーエージェント、エキスパンドドラフトは事前の根回しもあって、ジムが進めて来た移籍は順調に進んだ。
4月末、その仕上げとなるイベントがある、ドラフトだ。
ジムのドラフト戦略には定評がある、しかし、何が起きるかわからないのがドラフトだ。
NFLのドラフトはとりわけドラマチック、3日間コンサートホールを借り切って行われ、その模様が全米にTV中継されるほどだ。
その理由としてまずウェーバー制が挙げられる。
これは前年度の成績が悪かったチームから先に指名できるというルール、今年は新加入の2チームが最優先権を持つが、コイントスでロンドンが1巡1番目に指名し、2巡目は東京、3巡目ロンドン、4巡目東京、と交互に繰り返すことになっている。
ウェーバー制の下ではあらかじめ指名順が決まる、ドラフトが近付くとどの選手をどのチームが指名するのだろうかと言う予想が飛び交うのもまた面白い所だ。
フットボールではポジションの数が多く、それぞれの専門性も高い、チーム事情がドラフト指名と密接に絡んで来る。
ドラフト候補に飛び抜けた選手がいても、そのポジションにニーズがなければ指名に至らない、ゆえにドラフトが近付くとそれぞれのチームのニーズと候補のマッチングを分析、予想するアナリストが引っ張りだこになり、ファンの間でもホットな話題となるのだ。
そしてもう一つ特徴的なのがトレードアップ、トレードダウンが可能であるということだ。
つまり早い順の指名権と遅い順の指名権を交換できるのだ。
例えば10番目の指名権を持つチームが、どうしても欲しい選手がいるとする、しかし、その選手を8番目の指名権を持つチームも狙っていると分析した場合、7番目から前の指名権を持つチームにトレードアップを申し入れるのだ。
当然見返りは必要で、例えば3巡目の指名権を添えて差し出すといった具合に。
7番目の指名権を持っていたチームにとってはトレードダウン、1巡目の順位を落とす代わりに3巡目では二人の選手を指名できることになるのだ。
NFLのドラフトではこの取引が頻繁に行われ、しかも時間制限があるので、各チームの会議室は戦場のようなあわただしさとなる、ゆえにドラフト会場の会議室は『ウォー・ルーム』と呼ばれる。
更に、ドラフト権と選手のトレードも可能、これは事前に行われることもあるが、当日の会場で急遽決まることもある。
例えばどうしても補強が必要なポジションがあり、狙っていた選手を目前で攫われてしまったような場合、指名権と他チームの選手を交換することで補強の目的を果たすのだ。
1巡1番はロンドン、ジムの読みどおりにロンドンはクォーターバックを指名、サンダースは狙っていたラインバッカーのデイブ・ルイスを順当に指名することが出来た。
2巡目、サンダースはトレードダウンを敢行した。
狙いはクォーターバックのティム・ウィルソンだが、10番目まではクォーターバックの指名はないと見て、11番目のカンザスに2巡目1番の指名権を譲り、代わりにカンザスの3巡目指名権を譲り受けた。
結果、サンダースはティムの指名に成功し、3巡目は2番目と11番目の2回指名できることになった。
だが、ここで3巡目に狙っていたレフトタックル、ジョージ・マイヤーの行方が怪しくなってきた、2巡目でレフトタックルを指名するのは30番目のボストンだけ、しかもマイヤーではなく、大きいだけで動きが鈍いとジムは低く評価している選手が指名されると予想していたのだが、20番目のデンバーがその選手を指名したのだ、だとするとボストンはマイヤーを狙ってくるだろう、そう判断したジムは、29番目のオークランドに3巡目2番の指名権に7巡目2番の指名権を添える事でトレードアップを申し入れたがオークランドのGMは3巡目11番を要求して来た。
「どうします? マイヤーを諦めて次の候補に替えますか?」
「いや、マイヤーが欲しい、リックに申し訳ない」
その後は時間との戦いになった、そして、トレードアップが成功したのは25番目のアトランタとの間で、4巡目1番の指名権を要求されたが、ジムはそれに応じた。
その間20分、サンダースのウォールームは上へ下への大騒ぎになったが、ジムは頑としてマイヤーの指名を譲らなかった。
それでも3巡目11番を残せた事で、身長こそ物足りないが俊足の持ち主であるワイドレシーバー、ジミー・ヘイズを獲得できたのは成功だった。
ヘイズはティム・ウィルソンの大学のチームメイトでもあり、連携の点でも好ましかったのだ。
5~7巡目はトレードアップ・ダウンなく順当に指名を続け、サンダースは狙っていた選手を獲得することが出来た、
サンダースの陣容はほぼ固まって来たが、とりわけ特殊なポジション、キッカーがまだ決まっていない。
ただ、キッカーがドラフトされることは稀であり、FAで話題になることもあまりない。
評論家たちも『ジム・ブラウンのことだ、どこかにあてがあるのだろう』くらいに軽く考えていた。
だが、隠し玉とも言うべき選手がサンダース入りを希望して、引き止めようとするチームと話し合いを重ねていたのだ。
「アスカ、どうしても行くのかい?」
「わがままなのはわかってます、でも日本にチームが出来るとあっては……」
オークランド・バンデッツのオフィスで、首脳陣は苦りきった表情を浮かべていた。
和田飛鳥。
現在NFLで活躍するただ一人の日本人、グリズリースのキッカーだ。
バンデッツにはキッカーとしては異例のドラフト1巡目で迎えられ、期待に違わず長年活躍していたキッカー、コワルスキーがいた。
それゆえ、飛鳥がバンデッツに迎えられた時は当然のように控扱いだった。
だが、そのコワルスキーが怪我で戦列を離れると、代わって出場した飛鳥が大活躍を見せてチームはプレイオフに進み、スーパーボウル制覇にまで辿り着いた。
バンデッツでスーパーボウルリングを手にするという夢を、思っていたような形ではなかったものの、飛鳥によって叶えられたコワルスキーだが、飛鳥にポジションを奪われてしまったことも事実だ、しかし、彼は飛鳥と握手を交わして移籍して行ったものだ。
飛鳥は飛距離だけを取ってみれば少々物足りない、しかし、正確無比のキックは50ヤード以内のフィールドゴールを確実に決めてくれるだけではない、コーナーを正確に突くキックオフに加えて、一か八かのオンサイドキックにも威力を発揮する。
キックオフでは10ヤード以上飛べば攻守どちらのチームにもボールを押さえる権利がある、ビハインドを許して時間切れが近い時、しばしば用いられる作戦だが、相手もそれは重々承知していること、成功率は低い。
しかし、飛鳥は正確に10ヤード先に落とせるので成功率はぐっと上るのだ、それが逆転勝ちに結びついたゲームも少なくない。
飛鳥の契約は昨年で切れたがチームは再契約を強く望んで来た、しかし飛鳥はサンダース入りを熱望していたのだ。
彼を引き止めたいバンデッツは年棒の大幅上積みを提示して引止めにかかったが、飛鳥の熱望を翻らすことは出来なかった。
作品名:Journeyman Part-1 作家名:ST