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桜恋う月 月恋うる花

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第二章




 千鶴と神矢達を〝保護”してから数日で年が明ける。
 正月明け早々に、大阪へ出張しなければならない用向きがあり、態々近藤さんを出向かせるのも憚られて、山南さんと二人で出掛ける事にした。
 俺がいない間に息抜きもするだろう。羽目を外さなければ息抜きくらいは構わねんだが、兎角三馬鹿が羽目を外しやがるから、留守を任せる源さんや近藤さんの負担が案じられる。
 斎藤や総司には、千鶴の護衛と神矢達の監視を頼みたい都合上、三馬鹿のお目付け役を頼むわけにゃいかねぇし。
 頭の痛い話だ。
 ふと気配が近付く。
 極傍近くまで寄ると衣擦れの音はさせるものの、足音はさせずに歩く。そんな真似をするのは神矢か八神だけだ。
 部屋の前でぴたりと止まった気配が姿勢を低くするのが判る。

「土方さん、宜しいですか?」

 低めに抑えていても滑らかに涼やかな女の声。

「…入れ。」

 応えを返すと、静かに障子を開き音も立てない所作で部屋に入ってくる。
 丁寧な物腰ではあるが、女らしい所作ではない。
 初めて遭った日は、言葉遣いも所作も女らしいものだったが、新選組に出入りするようになってから、品のある良家の子息のような所作に変わった。
 新選組は女人禁制だから、と言って、男装を強要したにも拘らず嫌がりもせず淡々と受け入れている。
 携えていた盆の上には、香り立つ茶が載せられている。何故か初めから俺好みの茶を知っている神矢は、初めて茶を淹れて来た日から熱くて濃い茶を持ってきた。

「少々お願いがありまして。」

 願いだぁ? 眉間に皺が増えたような気がするが、そのまま凝視すると、神矢は苦笑を浮かべる。

「私は未来から来たのだと申しましたね。」
「……ああ。」
「ですから、この先の貴方方の未来に起こる事もある程度は判ります。」
「…それで?」
「警告する事は簡単ですが、詳細を知らない事もあります。」
「ふん?」

 書き上がった書類の墨が乾くまで手を停めて神矢に向き直る。
 神矢は振り返った俺に、ふと口元を緩めて目を細める。

「歴史というものは修正する力というものを持っているそうでしてね。」
「あん?」
「例えば、河原に立っている人が刎ねた水を被る巡り合わせにあると知り、それに注意を促し刎ねた水を避けると、足を滑らせて川に落ちる。水に濡れる巡り合わせは避けられない。刎ねた水よりもより多くの水に濡れる事態に陥る。」
「……災いを避けると倍返しになるってか?」
「陰陽道で言う逆凪と申すものですよ。呪や念は目に見えぬものですが、目に見える物で例えるならば、刀では受ける側も衝撃を受けるし力が強いと刃を折られたりしますでしょ?」
「受け止める力がなけりゃ斬られるな。」
「はい。」

 こくりと頷いて黙る。
 こいつは時々こういう態度を取る。
 答えは言わずに俺が答えを出すのを待つような。
 生徒を試す教授のような態度だ。
 ちらりと書状に目をやるが、まだ墨は乾いちゃいねぇ。
 もう少しくらいなら付き合ってやっても悪かねぇ。
 手にしたままの湯呑を傾けて、まだ熱くて濃い茶を口にする。
 こいつが言いたいのは、歴史の修正ってやつは、大きく変えようとすると反動がでかくて反って惨状を招く確率が上がるって事だよな。そして、こいつは俺達の未来を知っている。

「……反動が出ねぇ程度に未来を変えたいって事、か?」

 僅かにだが目を瞠り、我が意を得たりとばかりの笑みを浮かべる。

「流石ですね、土方さん。」

 満足そうな笑みを浮かべた神矢の言葉に、眉間に寄る皺が増えたような気がした。

「お前が動くって事ぁ、同行したい、と?」
「はい。」

 にこりと事もなげに答えやがる。

「土方さんと山南さんですからね。小娘に後れを取るとも思えませんし?」
「……嫌味かよ…」

 眉間に皺が寄った自覚はある。神矢は嫣然とした笑みを浮かべて俺の返事を待つ。
 こいつの物言いからすると、山南さんと行く大阪出張で何かが起こるという事か。それをない事には出来ないが、最小限の被害に留めたいという事らしい。

「人の宿命には、避けられないものがあります。逃れようのない宿命ならどんなに回避しても必ず陥る事になってしまう。山南さんの身に起こる災難を、叶うなら避けたいと思います。」
「山南さんの身に、何が起こるっていうんだ?」
「……剣が握れなくなるほどの傷を負うでしょう。私達の時代の医術を以てすれば回復可能なのですが、生憎と、私達に医術の心得はありません。」
「この大阪出張の間に、か。」
「詳細は知りません。傷が元で山南さんは、この先に訪れる事態の中で追い詰められて『変若水』に手を出してしまうでしょう。」
「何っ!?」
「山南さんは『変若水』の研究を続けておられるようですが、あれの有効成分だけを引き出す事は不可能です。『変若水』は先に申し上げましたけど、西洋の魔物の血なのです。私達に魔を浄化する力はありますが、浄化すれば『変若水』に拠って齎される有効性は消えるでしょう。」
「『羅刹』を浄化したら、どうなる?」
「良くて人間に戻せる可能性あり、ですけど、最悪では浄化と同時に死ぬでしょうね。」

 思わず溜息が出る。
 こいつらが言うところの浄化なる物が本当にできるかどうかは兎も角、『変若水』の件には役には立たないらしい。
 だが、この大阪出張中に山南さんが怪我をするらしい事は確かなようだ。気を付けていても必ず守れるとは限らない。役目を見送る訳にもいかない。神矢の申し出は、この際ありがたいと思うべきか。

「大阪出張に連れて行け、という事なんだな。」
「名目は何とでも。沖田さんが和麻さんに余計なちょっかいを掛けないように、近藤さんに注意して頂ければ心配はありませんし。」

 ……総司に対して俺の命令が有効じゃねぇ事も把握済み、か。
 そういやぁ、ここ数日の昼と夜の食事当番に、千鶴と神矢が加わっていたんだったか。
 朝は相変わらず幹部の持ち回りで作っているが、昼と夜が美味い所為か、朝が軽くなっている傾向にあるようだ。昼や夜に美味い飯が食えるのに、無理して朝から不味い飯は食いたくない、という事らしい。平助や新八ですら今までより朝餉の量が減っている始末だ。
 すっかり胃袋を掴まれちまった感がある。
 その上、朝餉にこそ間に合わないが、裁縫から洗濯、掃除まで、男所帯では滞りがちになる家事を、千鶴と神矢の二人で担ってくれる。
 天気の良い日には大抵布団干し迄してくれるのだから、直接関わるのが幹部だけだとしても男どもの気持ちをがっつり掴むには事欠くまい。
 本来なら山崎に監視をさせて見極めるべきなんだが、どうも神矢にはそういった事が一切通じないらしい。兎に角気配に敏感なのは半端じゃなく、気配を消していても掴まれちまう。
作品名:桜恋う月 月恋うる花 作家名:亜梨沙