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MEMORY 序章

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01,鍛錬




 一護が浦原商店に顔を出すようになって一か月余りが過ぎた。
 表情は貧しいが、優しくて暖かな霊圧の一護の傍は居心地が良くて、浦原商店の店長も従業員もいつの間にか一護を受け入れてしまった。初め馴れない所為か緊張していた一護の方も、受け入れた店の者の雰囲気に軟化していった。
 緊張が抜けて気安くなった所為か、隙も窺わせるようになった。雨の日は明らかに憂鬱そうな気配を隠さず、ぼんやりする姿を見せる。

「黒崎サン?」

 苦手だという数学を浦原に教わっていた際中に、降り出した雨に意識を取られた一護に浦原が声を掛けると、ハッとして浦原に視線を合わせ、ホッとしたように瞳が緩む。

「ぼんやりしてごめん。教えてって、私が言ったのに。」

 徴かに眉尻を下げて謝る一護に、浦原は扇子で口元を隠す。

「集中出来ませんか?」

 雨の日は一護の霊圧が不安定になる。思い当たる節もある。
 その身に虚を封じたとはいえ滅却師の力を失った訳でもない真咲が、一護がいたからとは云えグランド・フィッシャーに後れを取った理由を、浦原は知らない。真咲に封じられた虚が何処へ行ったのかの確証も浦原にはない。真咲が死んで三年経った今でも一心が死神に戻る気配がない事から推測出来る事態はあるけれども。
 しかしその推測を肯定するには、一護の霊圧は優しくて暖かくて透明に澄んでいる。気分が落ち込んでいる時でさえ、綺麗な眩しい霊圧は、心の内に闇を巣食わせた身には痛いほど眩しいのに、同時に手放したくないと思う。
 感情というのは勝手な物だとつくづく思う。

「雨の日はやっぱり苦手‥‥‥。」

 一護は歳に見合わない大人びた顔を覗かせる事もあるが、基本的には素直な子供だった。
 良い意味でも悪い意味でも、素直である事に変わりはない。

「雨降ると、どうしても、霊圧、だっけ? 不安定になるんだよね。意識してなくても思い出すみたいで。」

 溜息は子供に見合わないほど深く重い。
 高いと言えるほどではない霊圧が、確かにゆらゆらと風に吹かれる炎のように揺らめいている。

「霊圧を安定させるには、精神的に安定するしかないッスからね。」
「ん~~~。」

 頭を抱えて卓袱台に突っ伏した一護は暫く唸っていたが、疲れたように溜息を吐いて頬を卓袱台に着けた儘、浦原の顔を見上げてくる。

「お父さんには相談出来ない事で、相談に乗って欲しいって言ったら、迷惑、だよねぇ。」

 眉間に皺を寄せて如何にも難題に取り組むような表情をする一護に、浦原はふ、と唇を緩める。

「構わないッスよ。それも含めて、一心サンに面倒見てやって欲しいって言われてますからね。」
「でも、面倒事嫌いでしょ、浦原さん。」
「アタシにはアタシのメリットもあるッスよ。」

 一心に貸しを作れる事と受け取るだろう子供に、くすりと笑ってみせる。瞳から感情を消した子供は暫く浦原の顔を見ていたが、視線を逸らして息を吐いた。

「‥‥‥。そっか。うん、そうだね。」

 教科書に視線を戻した一護は、瞬間、何処か諦めたような笑みを浮かべて、すぐにその笑みを消して目を閉じた。
 瞼が上げられた時に現れた瞳には、真っ直ぐな光が浮かんでいる。

「んじゃ、さっさとこれ片付けちゃわないとね。説明もう一度お願いします。」

 頭を下げるのは、同じ事を繰り返させる事に対する謝罪だろう。
 この子供は、普段は何度も同じ事を繰り返させたりしない。大抵の事は一度で呑み込んで消化してしまう。それについて褒めたら、浦原の説明が適格だからだと言い返した。学校の教師は浦原ほど理解り易い説明も、公式の理論説明も出来ないという。
 子供は本当に意識を切り替えてしまったらしく、その後は驚異的な集中力を発揮して、浦原の説明を聴き理解を示すと応用もすらすらと熟した。

「おーわったぁ!」

 集中してから僅か三十分で応用問題まで片付けてしまうと、一護はほっとしたように伸びをした。

「黒崎サンは基礎を呑み込むととことん応用が利くンスね。」
「理論が理解できればね。根っからの文系人間なんだよ。言葉ってさ、意味を把握出来れば幾らでも使い回せるけど、意味の解らない言葉は使えないじゃん? 数学の公式は慣用句と一緒だよ。読む事が出来ても丸暗記しても使い方が理解らなきゃ使えない。」

 肩を竦めて、一護は苦笑する。
 時計を見上げて「あちゃぁ」と小さく呟く。時刻は五時半になろうとしている。
 夏とはいえ、雨が降っている所為で外は既に薄暗くなっている。

「今日はもう帰らないと。明日また来ても良い?」
「良いッスよ。」

 明日は日曜で学校は休みである。
 浦原の快い返事を聞くと一護は嬉しそうに笑う。
 子供に懐かれるような性質ではないと自覚している浦原にとって、一護のこの反応は不思議な現象と云えた。
 抑々、初対面から、一護には緊張感はあれども、浦原に対する警戒心が希薄だったように思う。父親の知人という位置付けにしても、今時作務衣に羽織、目立つ柄の帽子、おまけに下駄履きといういでだちは、胡散臭いと受け取るのが普通だろうに、身長差を利用して下から覗き上げて視線を合わせるとふわりと笑った。無邪気というよりは、駄々を捏ねる子供を宥める母親のような慈しむような笑みだったのが印象的だった。
 笑みの意味は理解らない儘だが、一護の浦原に対する警戒心は薄く、思春期にしては珍しく、子供扱いを、喜んではいないが怒らない。寧ろ仕方なさそうに許容しているような笑みを浮かべて受け入れる。丁度、祖父母が成人した孫にお年玉を出すと苦笑して受け入れるような表情だ。

『随分、大人びたお嬢さんッスねぇ。』
『まぁな。真咲が逝って、あいつは甘える場所を失くして、感情をぶつける場所も失ったみてぇだ。お陰で、偶にしか言い出さねぇ我儘は、全部聞いてやらねぇとならねぇ気にさせられる。』

 電話越しに聞いた苦笑混じりの一心の声に潜む苦い物の意味は、浦原には理解らない。
 まさか一護自身が、浦原に駒として利用される事を承知の上で近付いてきたなど思い付く筈も無い。
 一護の思惑も、浦原の内心も理解るからこそ、一心が苦い思いをしているのだと判る筈が無かった。
 浦原の所へ顔を出すようになってひと月余りの間、一護は希望を口にする事はあるが、浦原の都合が優先で、些細な物すら我儘を口にしない。自分で出来る事には、それが例え父親でも他人の手を借りる事を良しとしない。
 そんな一護からの父親たる一心には出来ない相談事。
 一体なんだというのか。
 浦原は不可解な思いを抱えながら翌日まで思考を囚われる羽目になった。



作品名:MEMORY 序章 作家名:亜梨沙