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姫こと大貫遙香は私たちの同級生である。高校入学と同時にこの町・石神に引っ越してきた。駅から大分離れたところに出来た高級マンションに住んでいるらしく、恐らく家はお金持ちだ。見てくれもやっかみを起こす気にならない美少女で、腰近くまで伸ばした黒髪がトレードマーク。寡黙だが歌・楽器共にかなりの技術の持ち主という恐ろしい奴である。なんとなく話しかけ辛い雰囲気の持ち主でもあるので、一年の時のライブは姫も一人で出ていた。鬼束ちひろの『月光』をピアノ弾き語りし、部員一同のド肝を抜いた。
　
　そんな姫、ギターもかなりの腕という噂がある。一味に引っ張り込めれば相当な戦力になることは確実なのだが…。まぁいいや。とりあえず本人に話してみよう。まずは行動である。説得出来りゃ吉。ダメならまた別の手を考えるまでよ。。明後日でも学校に顔出して声かけてみよう。姫は誰とも喋らないけど、練習にはマメに顔を出す。独りで黙々と弾いていつの間にか帰っているという塩梅だ。


３．
　翌日。私は茜の家に行って買ったばかりのベースを見せてもらった。なんだかよくわからないメーカーのプレベもどき（水色）だった。
「これ安さで決めて買ったっしょ？　楽器屋行くなら私かお姉呼べってのに…。得体の知れないメーカーの買いよって…」
「気に入ったのは値段と色だ…」
「バカ」
「まぁまぁ。でもこれで頭数にはなるっしょ？　麻衣子言ってたじゃん。いつかちゃんとバンドやりたいってさ」
「確かに言ったけどさ…。でも楽器始めるなんてどーいう風の吹き回しよ」
　しばらくの沈黙の後、畳にあぐらをかいてどっかり座り込んでいた茜が頭を掻きながら言った。
「あんたと何かやってみたかったんだよ、麻衣子」
「へ？」
　茜は俯いて早口に続ける。
「友達となんか一緒にやるってのがやってみたかったのっ。空手は…まぁ個人競技だし、ずっと独りでやってきたからさ。嫌いじゃないけどね、そーいうのも。新しく燃えるものっつーか、夢中になれそうなものが欲しかったんさ」
　茜は言い切ると下を向いた。垂れた髪の毛でわかりにくいけど、多分赤くなってるのがわかる。
「そういや随分道場の話聞かなかったよね」
「うん。なんかね、高校入ってから醒めちゃったんだと思う。なんとなく続けてただけだし、別に上を目指すとかそーいうモチベもないし…。プロになりたいとかデカい大会に出たいとか、なんかそういうのがアタシには無いんだ」
　意外な言葉に正直戸惑う。茜は何でもずっと独りでもやり続けてそうな人だとばかり思っていた。たまに、本当にたまに、こんな風に茜は本音を漏らす。
「試合とかいつもかっこよかったのに」
「あー。見に来てくれるのはそりゃ嬉しかったよ。気合入ったし。たださ、なんか道場のガチ勢の子たち見てると何でアタシここにいるんだろうってなっちゃってさ…。それからかな。なんかもう醒めたっつーか、萎えた感じ」
　二人して黙り込んでしまう。茜にもやっぱり色々あるんだ。いつもかっこよくて強くて羨ましいなぁぐらいの感情しかなかった自分がひどく恥ずかしく思えた。そんな私の心中を察したのか、
「あー、もうやめやめ。辛気臭ェのはおしまい。つーわけだからさ、よろしく頼むよパイセン」
　そう言って茜は明るく笑った。
　この急造バンド、絶対本気でいこう。そう思った。
「わかった。厳しくいくぞい」
「おうよ」
　よくわかんないけど、また心の交流が深まった、ような気がする。