ペルセポネの思惑
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良和さん
あなたがこれを読んでいるということは、武雄さんや華代さん(※祖父母の名)
の家で無事に育ったのでしょう。
そしておそらく、母である私と父である厳馬様のことも、大よそ耳にしているこ
とでしょう。
あなたに母らしいことを全くしてあげられず、本当に申し訳なく思っています。
周囲の方々からお話を聞いた限りでは、到底信じてもらえないかもしれません。
ですが、あなたの母峰澤 映美子は、あなたの父である九ノ崎 厳馬様をお慕いし
ております。
もちろん最初はとても恐ろしく乱暴な出会いでした。
意に沿わず、私もあの方へナイフを突きつけたりもいたしました。
抵抗虚しく貞操を奪われ、土蔵で悲嘆に暮れて夜を明かしもました。
ですが、土蔵にやってくるあの方の捨て鉢で思い詰めた表情、寂しげな面影、憂
いを帯びた眼……。
私は、私を穢しにくるあの方に、少しずつ惹かれていってしまう自分にいつしか
気がついたのです。
あるとき、去り際に厳馬様は、ほんの少しだけ私とお話をしてくださいました。
あの方は、とても美しさに餓えていました。
それこそ今までの自身の作品や自らの生命、それらとそっくり引き換えにしても
いい。
それほどの覚悟で、自分の満足いくような絶対的で永続的な渾身の美を追い求め
ていらっしゃるようでした。
そういった美がどういうものなのか、そもそも存在するものなのかは無学な私に
はわかりません。
ですが、それが少なくとも時を経れば衰える人間の容色のそれでないことだけは
容易に理解できました。
ということは、遅かれ早かれ私は厳馬様に捨てられてしまう。
あの方を愛するようになってしまった私にとっては、とても悲しい結論でした。
ですがそれでもあの方は、私との結婚を申し出て下さいました。
私は、子供であるあなたや実家へ迷惑をかけないようにとの思いもありましたが
私自身の意思で厳馬様との結婚を望みました。
これでもしかしたら私は厳馬様に捨てられずにすむかも。
そのように思ったのですが、それは浅はかな考えでした。
厳馬様は私が結婚に承諾した後、めっきりこの土蔵から足が遠のいてしまいまし
た。
私は本当に怯えました。
もしかしたら結婚も形だけで、私はこの土蔵で一人寂しく朽ちていくのではない
かという考えに囚われ始めました。
ですが、絶望をかみしめながら日夜あの暗いジメジメした土蔵で真剣に考え続け
た結果、ある可能性に気づいたのです。
これから私は、誰にも理解されない行動を取るかもしれません。
ですが、厳馬様と私が末永く一緒にいられるにはもはやこれしかないのです。
決行は、結納当日の早朝になるでしょう。
あの方の掌中に入る直前が、恐らく最も効果的だと思いますから。
良和さん。
愚かな母のわがままを、どうか許してください。
そしてこんな私達をどうか、どうかそっとしておいてください。
映美子