本分を忘れた生徒たち
高校3年の春、優子は焦燥感に駆られていた。これまでの2年間、ここ朝日(ちょうにち)高等女学園内のヒエラルキーではそこそこの位置につけている。あえて言うならば中の上という自覚はあるのだが、上位に進出するためにも周りが驚くような話題を提供したかった。
優子の属しているグループでは最近
「校長の奥さんが友達らしき人とBARに入っていった。そのBARは暴力団にみかじめ料を払っているという噂もある店だ」
このことを教師に質問して授業を妨害する。
また、別のグループは
「あの先生は隣のクラスとこのクラスとで教え方が違う。こんなことが許されて良いのか!」
そういって授業をたびたび中断させている。
話題の真偽は問題ではない。いかに長い時間授業を妨害できたか? でグループ同士の力関係が変わってくる。
ようは、悪く目立った者が勝ち! という幼稚な理論なのだが、それでグループの優劣やグループ内での序列が決まるのだから仕方がない。
(残り一年の高校生活をいじめにおびえることなく、有利に過ごしたい)
優子は思い切った手に出た。
体育教師に狙いを定めた優子は放課後、体育館で用具の手入れをしている教師のもとを訪ね、ダイエットしたからいろいろと教えて欲しい、と告げた。
教師は一瞬。おや!? という顔をしたが優子の熱意(悪意)を感じたのかその場で、スクワットやストレッチなどの運動を教えてくれたが、いくら優子が「この下腹部が……」「お尻のこの辺が……」と水を向けても触っては来なかった。触ってくれれば「こ~んな所やあ~んな所を触られた!」と大騒ぎできたのに……。
翌日、筋肉痛とむなしさだけが残った心身を奮い起こしボイスレコーダーを忍ばせて再び体育教師を訪ねた。
「下っ腹を細くしてビキニが似合うようにしたいの」
「ビキニか? 今でも似合うんじゃないのか?」
「パンツをはいたときにパンティラインが出てしまうのが恥ずかしいくて……」
「パンティライン? やっぱり気になるのか?」
「ダイエットは食事も大切なんでしょ?」
「そりゃもちろん。栄養の入と出の関係だからな。出の方は運動で管理して、入は食事の管理だ」
「だったら一緒に食事しながら教えてくれます?」
「食事を一緒に? いくらなんでもそりゃダメだ!」
優子はそれらしき言葉を並べ立て無事に録音を完了させた。後はこれをグループのリーダーである松原文枝に聞かせれば私の序列も上がることだろう。
「これは使えないわよ。あんたの色仕掛けがバレバレじゃないの!」
録音を聞いた文枝は言下に答えた。
「でも、これを継ぎ接ぎして……」
「ダメダメ! 誰も信じてくれないわよ。もっとしっかりした証拠を持ってきなさい。はい! 却下!」
(せっかく筋肉痛になってまで奮闘したのに認めてもらえない)
翌日、継ぎ接ぎした録音を持ってもう一方のグループリーダーを訪ねる優子。
リーダーの新潮子(あたらし ちょうこ)は「パンティ」「ビキニ」「一緒に食事」などの教師の言葉を聞いて飛びついた。最近文枝のグループに話題をさらわれているせいか、起死回生の一発が欲しかった新潮子はすぐさま授業中にこの録音を持ち出したのだった。
当然のことながら授業は紛糾した。その授業だけでなく次の授業も……。
しかし、「あれは優子が色仕掛けで……」という「噂の真相」が流れると、皆の優子を見る目が変わってしまったのだった。
「あの子が……」「色目を使って……」
(あんなに頑張ったのに。もう耐えられない!)
最近の優子は転校を考えるようになった。学園内では誰も相手にしてくれない。腫れ物に触るように、遠巻きから汚物でも見るような視線が突き刺さってくる。
(二駅遠くなるが民朝(みんちょう)女学院に転校しよう。そこでまたやり直せばいい)
そう思った優子だったが、ある噂を耳にするようになった。
「朝日(ちょうにち)高等女学園を仕切っているグループのリーダーたちは民朝(みんちょう)女学院から金銭の援助を受けているらしい」
「民朝女学院が朝日高等女学園の学力低下を狙った長期計画の一環みたいだ」
優子は焦燥感に駆られていた。
(こんなことならきちんと授業を受けておくんだった。あの頃に戻ってやり直したい)
(了)
作品名:本分を忘れた生徒たち 作家名:立花 詢