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テケツのジョニー 9

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 開場の時間となった公民館の前には数十人の人々が待っていた。会場はおよそ百五十人ほどの椅子が並べられていて、落語を聴くにはちょうど良い大きさだそうだ。
 オイラは会場の入り口にある受付に姉さんと並んで鎮座していた。ま、寄席と同じということさ。入って来たお客は口々に
「あら可愛い猫ちゃんねえ」
 そう言ってオイラの頭を撫でて行く。正直赤の他人に気安く触って欲しくは無いのだが、これも仕事と思って我慢している。
 オイラと並んで前座の盛しんや二つ目の柳星が落語のCDを売っている。勿論二人のではない。柳星の師匠の柳生師や盛しんの師匠の圓盛師のCDだ。そうしたらトリの盛喬が
「俺のも置いてくれよ」
 そう言って紙袋に入ったCDを持って来た。
「そうか、先日CD発売になったのですね」
 そう言ったのは柳星だ。盛しんは
「兄さんも遂にという感じですね」
 そう言ってニコニコしている。噺家としてCDが発売されるという事は人気も実力も備わって来たと認知されたという事だからだ。
「協会が違うのですが、ウチの師匠も誉めていました」
 柳星がそう言うと盛喬は嬉しそうに
「そう、柳生師がそう言ってくれたんだ。これは嬉しいし励みになるなぁ」
 そう言ってCDを机に積み上げた。それを見て姉さんが
「演目は何なの?」
 そう訪ねると
「品川心中の通し」
「あら珍しいわね」
「前の独演会でやったんですよ。評判が良かったのでCD化の話が出ましてね」
 普通は「品川心中」という噺は上だけ演じられる事が多い。それは下は噺が暗くなり笑いも少ないのでやり手がいないのだ。だからこの下をお客に聴かせられるほどの高座を見せたと言う事は、それなりの実力があると認められたと言う事なのだ。
「それはそうと今日三人は何をやるの」
 姉さんがそれぞれに尋ねると盛しんが
「俺は『子ほめ』ですね。笑いも多いし目出度い噺ですから」
「僕は『青菜』です。初夏の噺ですが、最近師匠から稽古をつけて貰ったので」
 柳星がそう言って少し照れると盛喬が
「暑いからどうしても夏の噺になるよね。それに東京に近いとは言え伊豆だから粋な噺より笑いの多い噺がいいよね」
 そう言って地方での噺の選択の難しさを述べると姉さんが
「じゃあ私が何をやるか当ててみましょうか?」
 そう言っていたずらな顔をすると盛喬が
「おお、面白いですね。それ受けて立ちましょう」
 そう言って乗って来た。
「夏で、笑いが多くて、誰でもが楽しめる噺……もしかして『船徳?』」
 「船徳」とは大店の若旦那の徳さんが遊びが過ぎて勘当になり知り合いの船宿にやっかいになりながら船頭になる噺で、その発端を可笑しく改作したものだ。本来の噺は「お初徳兵衛浮名の桟橋」というタイトルだ。近年では黒門町の師匠こと八代目桂文楽師匠が余りにも有名だ。オイラは姉さんの膝の上で録音を聴いただけだがな。
「あたりですよ。良い感してますね。最近寄席でもよくやってるんですよ。受けが良いからここでもやろうと思いましてね」
「楽しみにしてるわよ」
「頑張ります」
 そう言って盛喬は楽屋に下がって行った。そろそろ開演時間も近づいて来たので姉さんが
「あなたたち。そろそろ支度した方が良いわよ」
 そう言って盛しんと柳星に高座に出る支度をするように促した。二人とも着物は着てるがそれだけでは高座に出られない。盛しんは前座なので羽織が着られないから未だ簡単だが柳星は二つ目なので羽織を着たり色々と支度がある。
「CDなら私とジョニーで売ってあげるから大丈夫よ」
「すいません。それじゃお願いします。終わったら戻って来ますから」
 二人はそう言って楽屋に下がって行った。それから間もなく開演時間となり前座のお囃子が鳴り出した。今日は三味線の師匠を一人頼んで連れて来ている。太鼓は基本盛しんだが本人の高座の時は柳星が叩いているのだろう。寄席と違って地方ではこのような事は各自が融通しあってやるのだ。だから大師匠が太鼓を叩くなんて事もあるらしい。
 盛しんの高座が始まった。扉が閉じられていても声が聞こえて来る。
「子ほめ」は口の悪い八五郎が隠居からお世辞の言い方を教わり実践するがそこは付け焼き刃で失敗するという噺だ。前座噺と言われていて、基本一対一の会話形式なので判りやすいし演じやすい。
 盛しんはツボで笑いを取って会場を暖めて降りて来た。ドンキーブラザースの一人がオイラのところまで来てCDを眺めながら
「彼とは色々な落語会で一緒になるが上手くなって来たね。将来が楽しみだよ」
 姉さんとそんな事を言っていた。次は柳星の番だった。オイラは姉さんの膝を降りて会場に入って行った。通路の隅で柳星の噺を聴くつもりだった。
 高座を降りたばかりの盛しんが、めくりをめくり座布団を返して高座返しを済ませると柳星の出囃子の「昼まま」が流れて来た。このお囃子に関しては柳星は入門して暫く上方の師匠に修行に出されていたのだが、その時の仕事ぶりが気に入られ、亡くなったその師匠の師匠が生前使っていたお囃子を出囃子として使うように進めてくれたのだそうだ。これは普通ではない。亡くなったその師匠は全国的な人気を誇った噺家だったそうだ。今でもその亡くなった事を惜しむファンが多いと言う。そんな師匠が使っていた出囃子を使わせてくれるなんて通常はあり得ない事だからだ。
 陽気な出囃子に乗って出て来た柳星は座布団に座るとお辞儀をして
「え~当地は初めてでございまして、麗々亭柳星と申します。このたび二つ目になったばかりでございます。どうか今日はこの顔と名前を覚えてお帰りなさってください」
 自己紹介をして噺のマクラに入って行く。
「よく、付け焼き刃は禿げやすいなどと申しまして、失敗などをするものですが……」
 この「青菜」というのはお屋敷に出入りする庭師の親方が仕事の時にご主人に色々とと持てなされ感心をする。特に、菜が無くなってしまった時の奥方とのやりとりに酷く感心をしてしまい。自分も真似をしようとして失敗すると言う噺で、後半が特に面白い。柳星は前半の部分も上手く演じて後半に繋げて行く。このあたりは師匠を思わせる。オイラもそこら辺りのどんな猫よりも噺を聴いているから、それぐらいは理解出来るのさ。
 柳星は最後まで調子を落とさずに演じて割れんばかりの拍手を貰って高座を降りた。ここで中入り休憩となった。
 受付の所に戻って来た盛しんと柳星に姉さんは
「二人とも良かったわよ。特にジョニーなんて会場の中に入って聴いていたんだから」
 あろうことか、姉さんは暴露してしまった。柳星はそれを聞いてオイラを抱き上げ
「ジョニーありがとうな」
 そう言ってオイラに頬ずりをした。
作品名:テケツのジョニー 9 作家名:まんぼう