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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 五、生命の章

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上・新月・3、ウシルの息子たち



 北の技神ネイト・セクメトは慄然とした。
 黄金の光が太陽神から放たれたその直後、生命神の力で再生した同朋たちが次々と金の塵と化していくその光景。
 太陽神。その、破壊の力。
 火属第二級、技神セクメト――それは戦女神の称号。黄金の武具はその象徴。……そう、黄金の光の主である太陽神のもとで得るべき名である。
 ネイトはその手に握る金の弓を見た。……なぜ、北に現れたのか。二重の称号のためというには、あまりに重い。火属というだけで眉をひそめられるというのに、なぜわざわざ、敵の主神に強く関連付けられるこの号が。
 しかし主ドサムは言った。これこそがあるべき形であると。そうして傍でこの腕を振るうことを許した。
 ここに居て良いのだと。その名を誇ってよいのだと。
 ネイトは主によってようやく“確かに”生かされたのだと感じた。
 そうして彼女は、主の指し示す道をただ往く。月に関する命を翻した時も、彼女は決して疑問を抱いたりはしなかった。主がそう望めば、理由などどうでもよい、ただそれに従うのみである。それが彼女がその場にある理由だった。
(太陽神の……? 違う。セクメトは、王を守るべき戦女神。王となるものの傍に現れたのだ)
 矢をつがえる。彼女はそれを強く放つ。
 火属であるからこそ、彼女はその最上位に立つ太陽神の力の大きさをはっきりと知れた。そこにあるだけで、その差が、その強大さが、まだその力を確かには用いていないうちから、歴然と感じられる。
 わが身を鼓舞するように、矢を放つ。恐れを払うように、わき目もふらず――その矢は風神の力に幾度となく遮られたが、しかしその手を休めはしない。彼女の強みは一打の激ではない、多射の穿ち、あるいは狙うべき的への確実な一矢であるのだ。
 敵はぐんぐん遠ざかる。しかし主の前にはプタハが控えている。必ず足を止めるだろう、その隙を突くのだ――ネイトはより敵に近づこうと、屋根に飛び上がる。
 と、そのとき遠くから上がる悲鳴、続けて水に落ちる音。はっと地上に目を馳せると、白い水上の廊にひるがえる赤い衣。
(太陽神の「セクメト」――!)
 黄金の槍を手に駆ける女の姿。ネイトはそれへと矢を次々放った。敵は槍でそれらを叩き落とすと、ギラリと瞳をこちらに向ける。
 獲物を狙う獅子のごとく迫る敵。ネイトは素早く屋根を降り、その気配を背に駆ける。駆けながら、怯え逃げ惑う同朋らに鋭い眼差しを向けた。
(早く離れろ、近寄るな!)
 第二級とはいえ戦に特化した力の主である。ここにあるものがまともにかなうはずがないのだ、敵を引き付けている間に逃げ生き延びよと。
 ――いや、本当にはそうではない。
 この敵は、私が。他の誰の手も借りたくはない。
 太陽神を王と掲げ、その下に堂々と「セクメト」の号を受けた者。――その号が王を守るものであるならば、まこと「王」となるべきはどちらの主であるのか。
(負けるわけにはいかない。我が主のためにも)
 証明せねばならないのだと。そして、主の選択が、自身を傍に置いたことが、決して間違いでなかったのだと。それを同朋らに認めさせるためにも。
 素早さは五分五分。うまく地の利を生かし、隙を作り出すしかない。ネイトはときに水上の廊の下をくぐりぬけ、いくつかの部屋の陰へ、そこからまた別の道へと軽々とした身のこなしで敵を翻弄した。苛立ちを煽り、隙を誘おうというのだ。
 少し向こうにちらと影がよぎった。それを目ざとく見つけた金の槍の主は、まずはと確実に仕留めうるものへ身をひるがえす――その瞬間を逃さず、ネイトは一矢放つ。
 寸でのところで身をかわした敵のセクメトの上腕を、さっと赤い筋が走る。その目が、ギラリとまたこちらを捉えた。
(そう、お前の敵は、私だ)
 そうして二射目を放とうとしたその時。
「きいぃやぁあああっ!」
 金切り声を上げながら、腕を振りあげ駆けよる女の姿。
(あれは……!)
 三姉妹の末娘、踊神スーである。風属の低位である彼女は戦に関する力に乏しく、いつも二人の姉に助けられていた。その姉双方を失った憤怒が彼女を動かすのだろう、しかしあまりにも無謀である。
 波立つ髪を振り乱し、小さな短剣を手に敵のセクメトにとびかかるスー。しかし戦女神とうたわれるものがその稚拙な動きを抑えられぬはずもなく、地を一蹴りしてあしらうように身をかわすと、その黄金の槍がスーの腕を強く打った。
「あうっ……!」
 地に崩れるスーに対し、敵は容赦なく二撃目を繰り出そうとするが、金の矢がそれを阻むように二人の間に突きたてられた。
「去れ、スー!」
 ネイトは叫んだ。距離はあったがそれが届かぬはずはなかった、しかしスーは再び敵へと腕を振り上げる。
 小さく舌を打ち、ネイトは再び弓を引き絞る――しかしスーのまるで精錬されていない、支離滅裂な動きが、狙いを定めることを妨げる。
(去れというのに……撃つぞ!)
 焦り苛立つネイトとは対照的に、敵のセクメトは冷静に……まるでもてあそぶかのように、スーの短剣を軽々と避けていた。
 その結末は――ネイトが恐れていた通り――あまりにも明白だった。
 がむしゃらに振り回されたスーの腕は次第に疲労でその動きが鈍る。その隙を敵は逃さなかった。金の槍がすっと引き寄せられる。
 ネイトも手をこまねいてはいなかった。その瞬間を予測し弓は引き絞られてあったのだ。狙いを定め矢を放つ――しかし敵の方が一枚上手だった。矢は突き出された長い槍をかすめ空を切る。敵は矢が自身の手元を狙うと考え、素早く前腕長分下がって槍を繰り出したのだった。それでも十分な槍の長さであったのだ。
 悲鳴が上がる。金の槍に突き上げられるようにして折れたスーの体は、そこから滑り落ちるように、水面へ向かった。
 飛沫を上げて投げ出された背に、波立つ黒髪が広がる。水面がじわりと赤く染まった。
 血を払うように、金の槍をびゅと一振りすると、改めてこちらを捉える。
 簡単な相手ではない。ネイトの額にじわりと汗がにじんだ。


   *


 キレスはシエンを連れ、連なる柱の陰に現れた。
 そこは水上の部屋をつなぐ幾多の道の、隅にあるらしい。戦の喧騒が遠く聞こえるが、周りには気配がない。
 夜闇の中、このあたりの壁も柱もすべて白いと分かるのは、足元の魔法陣が放つわずかな光のためだ。
 おそらくこれが、地下――北の神殿の中心部――への入口となるのだろう。どの神殿も同じく、自然の岩盤はそれ自体が強固な結界となる。そのうえ神殿内であれば、敵の侵入を拒む条件付けがなされて当然である。出るのは容易だが、入るための手段は限られるのだ。
「以前にも二人で……来たな」
 魔法陣を見下ろしたまま、ぽつりとシエンが言った。キレスの目がちらと捉えてくる。嫌なことを思い出させるなよ、というように。
 北の地下に降りようと。あの時、キレスはそこにあるはずの自身の記憶を求め、単身乗り込もうとしていた。地下へ――しかし、門扉を開く方法すらまともに考えていなかった。
「来たくてまた来たんじゃねえよ」
 苦々しげにそう言うと、キレスはふっと息をつく。
「お前がさ……、行かなきゃなんないだろ。そう、お前がやらないと、ウシルのやつが――」