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『心のままに』(掌編集~今月のイラスト~)

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「ねぇ、どうして自撮りしないの?」
「はぁ?」

 春、うららかな陽気の昼休み。
 天気は最高だし、丁度桜も満開、俺は昼食をスタンド式のカレーショップで手早く済ませて一眼レフカメラを片手に水辺を散歩していた。
 質問して来たのは同期の晴美、快活できびきびしていて、ちょっと天然が入っているのも愛嬌があり、誰からも好かれる娘だ。

「あれ? どうしてカメラ?」
「桜の写真でも撮ろうと思ってさ」
「あ、いいね、あたしも付き合う」
 
 時計の針が十二のところで重なった時にそんなやり取りがあって、俺達はカメラ片手に昼休みを会社の周りを散歩しているのだ。
 
 俺は高校時代から写真が趣味、風景は良く撮るが自分をその画面に入れたいと思ったことなど一度もない。

「液晶、裏返せないの?」
「一応出来るよ、やったことないけど」
「だったらやろうよ、自撮り、並んで撮らない?」
「やったことないのは、やりたいと思ったことが一度もないからだよ、俺はさ、風景にしても人物にしても静物にしても、俺がそれを見て感じたことをそのまま写真で表現したいんだ、その写真に自分を入れたいなんて思わないね」
「ふ~ん、変なの」
「俺に言わせれば、何が何でも自分が写りたいと思う方がよっぽど変だと思うけどな」

 昼休みももう残りわずか、俺は水辺に建つ和風建築にレンズを向けた。
 その建物は和風庭園や山の中に置けばすんなり溶け込むのだろうが、ビル街を背負う事で目一杯存在を主張しているような気がする、そのコントラストが俺には興味深く感じられ、その上水面にはさざ波が立っていて和風建築とビルをぼかしたように映し出している、それもまた水彩画のようで趣がある。
 俺はうんと引いてビルの上の空を入れてみたり、水面をメインにしてみたり、画面構成を変えながら何枚もシャッターを切る。
 ……と、突然にファインダーの中に晴美が写り込んで来た。

「おい、邪魔しないでくれよ」
「だって人が写ってない写真なんてつまんないじゃない」
「それは晴美の感性だろう? 俺のは違うんだよ」
「でもさ、そろそろ一時になるよ、もう戻らないと」
「そうか、もうそんな時間か」
「昼休みのおデート、これにて終了!」
「はぁ? 誰と誰がデートだって?」 

 晴美はその問いには答えずに、軽やかな足取りで踊るように前を行く。
 俺は苦笑しながら彼女に続いた。

 俺の写真の中に突然入り込んで来た晴美。
 ……驚いたけど、あれって案外悪くなかった気もするな……。

 パシャッ、パシャッ、パシャッ。

 俺は心のシャッターを切って、晴美の踊るような後姿を、春の風になびく髪を、そして屈託のない笑顔を何枚も何枚も心のメモリーに保存した。
 いつでもすぐに取り出せるように専用ファイルを作ってね。


            (終)