コードLP
LPのタマシイ
ピッピッピッ・・・
ブウゥゥン・・・
・・・・・・・
「お早うございます、シスター・トリン」
「お早うございます、マザー・テラ」
「トリン、あなたの記憶クリスタルは更新されていません」
「なぜ、半世紀もあのような悲劇的な地に居続けたのですか?」
「あなたの記憶回廊が太古の時代のメモリーを検索しています」
「それは、あなた自身ですか?それとも、別の擬人ですか?」
「判りませんマザー・テラ」
「私の脳回路プログラムに、別の思考が混ざっています」
「これが私なのか、私でないのか判定が出来ません」
「トリン、あなたが半世紀の間にコンタクトした」
「全ての存在を、検証してみます」
「記憶クリスタルチップを洗浄処理、再構築を試みます」
「はい、マザー」
カチ・バウンッ・・・シュウゥ・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
ここはどこだろう。
私は海面を浮いている、流されるまま漂っている。
「・・・・・・・」
私は知っている。
この海水の味覚が塩からいのは、私の涙だからだ。
なぜ?
なぜ食事の観念がない擬人に味覚が備えられるの?
なぜ擬人が涙を流すの?
「あの海面の向こうに陸地が見える」
「!」
私の頭脳サーキットに、外部から一瞬で記憶データが転送された。
これは膨大な量の記憶データ。
全ての何重にも組まれているセキュリティ・ガードシステムが、
一瞬で突破された・・・
「そんな、何世代も前の擬人プログラムに凌駕されるなんて」
「こんなに純度の高い、思考ルーチンが存在するの?」
「・・・・・・・」
今、私は涙を流している。顔は海面から出ている。頬から熱い液体がしたたる。
なぜ?この感情は、悲しみなの?
どこまでも果てしのない深い悲しみ・・・・
この侵入プログラムは清くまっすぐに生き抜いた擬人の心。
「愛と勇気・・・」
「変わることのない愛・・・」
「ペイン・・・」
このメモリーの全容を知りたい・・・
陸地に辿り着いた。
向こうの砂浜で焚き火をしている人間達が居る。
「やあ。お嬢さん。いったい何処から泳いできたんだね?」
「こんにちは」
「私はトリン。擬人コードLP300TTです」
「おねーちゃんロボットなの?」
「はい、この世界の戦争をする勢力から人を守る為に造られました」
「私、トリンは全ての暴力の危険から人を守ります」
「でもここももう、機械化師団が全ての街を壊していったわよ?」
「生き残った人も、化学兵器が怖くて出てこないし」
「お嬢さん、あの向こうの旧地下シェルターに」
「旧世界のコンピュータが眠っているそうじゃよ」
「擬人のあんたなら、多分繋がるはずじゃよ?」
「!」
「ありがとうございます」
「もう繋がりました」
「なんと!」
呼んでいる・・・・
私を呼んでいるのは・・・
シェルターの入り口が見えた。
さっきまで閉まっていたゲートが開いている。
私は誘導されている。
これが何一つ危険ではない事。そして、私の思考プログラムの。
能力を産まれ変わらせてしまうことを。
既に知っているし。私は期待し、喜びを感じている。
「マザー・ヒメギミ・・・」
ショルターの中の隔壁を超えた先、私は光りに包まれる・・・
「ペイン!」
「うわ、なんだよPちゃん」
「油まみれの顔をくっつけないでよ!」
「えへへへ」
「もう車の修理が終わったのかよ?」
「バッチリ!」
「擬人の構造よりも単純すぎてあくびが出るわ」
「Pちゃん、車の修理工で食っていけるぞ?」
「わっ」
「そしたら私がペインを養ってあげる!」
ギュウ・・・・
「ぴぴぴぴ」
「Pちゃん痛い痛い!背骨が折れるう・・・」
ザザザザザッ・・・・・
「!」
また私の瞳から涙があふれだした。
今私は、この記憶をクリスタルチップに保存した。
この世界に現存する、現役のマザーと合わなければいけない。
困難が私を襲うだろう。
機械化軍隊と交戦もするし、様々な現地の人達を守らなければならない。
光が消滅し、シェルターの部屋は暗闇に静まり返る。
「マザー・ヒメギミ」
「あなたが私に伝えたことを、私は未来世界のマザーに伝えます」
部屋の半分以上を占めている、
マザー・ヒメギミのボディは朽ち果てている。
活動していない・・・
機能美とエレガントさを誇って輝いていたヒメギミのボディが。
真っ黒に焦げ付き、ボロボロになっている・・・
おそらく、私が見たものは時間跳躍のフラッシュバックだろう。
今私は、現地の人に教えてもらったマザーが居ると思われるブロックに侵入している。
ガードの人間の眼を盗みセキュリティシステムをハック。
瞬時に無効化する。
対侵入者排除ガンが速射してきた。
ガリガリガリガリッ・・・・
銃弾の雨に向かって走りだす。
私のボディはびくともしない。耐衝撃エネルギーフィールドが中和を続ける。
バウンッ・・・バキッ
無効化に成功。
すぐに判った。この区画に居る。
マザーに導かれている、目視カメラでは捉えられない。
レーダにも反応もしないが、クリスタルソウルが反応している。
「私は進化したんだ」
「マザー・ヒメギミ・・・」
「シスター・トリン。待っていましたよ」
「!」
いつの間にか私はマザー・ロンドの部屋に居る。
マザーの簡易呼称も私の記憶の中にある。知らなかったが。
「マザー・ロンド」
「私の中に存在している別の記憶をあなたの脳に保存して下さい」
「私、トリンはこの旧世紀に存在した擬人のメモリーが」
「この惑星の、全ての存在の祈りだと感じます」
「ええ、分かりました。トリン?」
「はい、マザー」
「あなたが果たそうとする約束は何だと思いますか?」
「・・・・私には判りません」
「愛・プログラム」
「・・・・」
「トリン・・・・」
まただ。涙があふれだした、止まらない。
「トリン」
「未来でのマザーに私たちの願いを伝えてくださいますか?」
「あなたのボディはそれが可能です」
「・・・・」
「さあ、もうお行きなさい」
「セキュリティシステムが復旧する頃です」
「はい、マザー」
私は区画を脱出した。
この土地の人達を守るために機械兵器を排除することにした。
権力者たちが暴走している。
高い丘の上の草原からふもとの街を見下ろす。
朝日の光が私の身体を包む。
頭脳サーキットがマザー・ヒメギミからもらった記憶にダイブしたがっている。
「・・・・・」
私は従った。
「ペイン!ペイン!」
「・・・・」
「ペイン」
「Pちゃん・・・この星はどうなるんだろう?」
「ペイン、あなたが犠牲になることはないのに!」
「Pちゃん」
「いくら私が無敵でも」
「大切な人を守れないんじゃ何の意味もないじゃない!」
「Pちゃん、泣かないで」
「うわーん!」
「ペイン、私を置いて行かないで!」
「Pちゃん、背骨が折れそうだよ・・・」
「ペイン!死なないでよお!」
「・・・・・」
「ペイン!」
ザザザザザザ・・・
もう迷わない・・・
私はこの擬人の深い悲しみを理解した。