妖夢の朧な夢日記-aoi
悪夢の想起は現実の暗示
友人とご飯を食べて、暫し主の事について談笑し
仕事に戻ったと思えば、すぐ夕飯。
お風呂に入って、心地よい眠りの中。
ぐっすり眠ってまた明日
夢も見ない程に、心は落ち着いていた。
今日も友人が来る?
来てくれるだろうか
忙しいんだろうな、来ない
そうして私はまた一人になった
しかし、独りではないことは分かっている
でなければ、こんなに心は温かくなっていないのだから
障子を開け、縁側に出る
欠伸をしながら正座をする
黒い羽を持つ少女が来て以来、毎日見上げる早朝の空
あの向こうに彼女がいるのなら、迎えが来るまで待っていたい
彼女は忙しそうに飛び回っている
自らの体を掻き抱く
人の温かみを感じよう、そう言った黒白の少女
あれ以来、私は人の言葉を頭ごなしに否定していない
感じるのは己の冷たさ
半生半死の生ぬるさ
彼女は来ない
月末は宴会か
治さなくちゃいけないな
けれど、治し方が分からない
紅白の少女は、期待して待っているのにな
準備でもしているのだろうか
私に現実を突きつけて、その上で生きていて欲しいと言ったうさ耳の友人
彼女の優しさに触れて、改めて温かみを知った
しかし、こんな現実、やはり夢なんじゃないのか
これじゃ現が夢で、夢が現じゃないか
自分の精神の不安定具合に驚愕する
指の先まで、冷えていく
……私は、何故ヒトになろうとした?
ふと疑問が浮かぶ
私は何故ヒトである事に固執した?
そんな夢ばかり、見ていた気がする
そんな現ばかり、自分に突きつけていた?
「おはようございます、っと」
そんな思考は秒で掻き消された
上から降ってくる巫女
緑色の束を頭頂から垂らした青白の巫女
「昨日行こうと思ったけれど、忙しくて来れなかったわ。ごめんなさい」
地に下り立ってすぐ、ぺこりと頭を下げる
「良いの良いの、気にしないで」
そう私が言うと、緑髪の少女は顔を上げる
表情を明るくしたと思ったら、すぐに翳らせて顔を伏せてしまう
「あの時から可笑しいなって思っていたけれど、まさかここまでになってしまうなんて……。
妖夢の友達失格ね」
「……え」
……あの時って
記憶が逆回転を始める
楽しい事で埋められていたはずの
後ろへ後ろへ押し込められていたはずの思考は、まだそれを憶えていた
―目の前の少女に殺される夢
夢だと分かっていても
あの瞬間から夢だと分かっていても
私の肉体は、脳は現と錯覚する
「やだ、嫌よ
嫌嫌嫌嫌嫌
嫌よ、嫌
来ないで、来ないで」
震える身そのままに、制御できずに叫ぶ
「よ、妖夢!?」
緑髪の少女は困惑している
私の精神状態を知ってか、嫌われたなどとは考えてはいないようだ
落ち着いた思考の表、覆い被さる狂気の塊
意識が根こそぎ死んだ方に乗り移ってしまったか
私の肉体も精神も何もかも、自分の頭では操作不可能なのだ
肉体は痙攣して、怯えきっていて
まるで自分がこの世のものではないみたいに
そうなんだよ
目の前の巫女は、少女は、友達は何にも関係ない
私の夢に出てきただけなのに
私に嫌なものと見られてしまうのはあまりにも理不尽だ
なのに、私は、どうして
「やめて、近づかないで」
閉まっている障子の、その中
自らの病室に向かって、少女の方を向きながら、後退り
対して友達は歩み寄っていく
掴み損ねたものを手にするように
酷く、慌てて
「妖夢、待って!?」
友達は縁側で靴を脱ぎ、私の許へ飛び込んだ
私が見上げる姿勢になったその状態は、あの時と同じで
「ひっ……嫌」
顔が引き攣って、身体が震えて、精神は恐怖に晒される
首がねじ切られて、頭が落ちた
そんな光景が何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
死なない私故の見せつけられる苦しみを、今
今再び味わうかもしれないという可能性をどうしても否定できなくて
友達が近寄る
私の身体を自らの腕で包み込むのが見えて
警鐘を鳴らし始めた精神が、鳴らし続けた精神が、悲鳴を上げる
「嫌っ!!殺さないで!」
私の金切り声を聞いた友達は、驚く
腕を離して、身体を離して、後退する
ぶつぶつ、と言葉を漏らす友達
顔を青くして、震え始める
「……そうか。そういえば、半人半霊は妖のようなもの……
私って、妖怪退治が楽しいとか、言ってたわよね」
声を大きくして、自分に言い聞かせるように呟く
思い出して、自らが行った事柄を認めて
「……それで、私は妖夢にそんな夢を見せてしまった……。
でもね、妖夢。私は貴女の事を友達だって思っているわ。
それはいつまで経っても変わらない。同じ異変を解決した、それだけで……それだけで、それから私と貴女は友達なの」
友達
友達ならば、友達だから、
私が殺される事はない……?
「だから、おいで。妖夢。慣れるまで、夢が現に紛れるまで、一緒にいてあげる」
疲れたような顔をしながらも、友達は私に両手を差し出す
おいで、のポーズだ
……少し、安心したのかな
身体の痙攣が治まった
私は立ち上がって、恐る恐る近づく
けれど友達の笑顔で心は解されていく
するとすぽっ、と友達の胸に収まった
温かくて、気持ちがいい。
「……ありがとう」
「こちらこそ。これからも宜しくね」
「うんっ」
作品名:妖夢の朧な夢日記-aoi 作家名:桜坂夢乃