翼をください
「いいけど風切羽は抜くなよ……あ~っ! それはダメだってば、そうそう、それなら一本くらい良いけど……何に使うんだ?」
「羽ペンって一度使ってみたかったんだよ」
ですとか、はたまた。
「健一く~ん、羽少しもらえないかなぁ」
「良いけど、何に使うの?」
「サンバカーニバルの衣装飾り」
「いや……その量だとちょっと……」
ほとんど見世物でございます。
でも悪いことばかりでもありません、何しろ目立つ事だけは請け合い、真っ白な羽で手触りすべすべなんで女の子が触りたがります、それに常に翼の重量と風圧に晒されてますんで一日中筋トレをやっているようなものですから見る見るうちに健一の大胸筋は発達してムキムキになってまいりまして……真っ白なすべすべの羽とたくましい胸、『健一君のハグ』はたちまち学校中の女子の憧れになってまいります。
しかも羽毛ですからあったかい、冬ともなりますと、女の子たちはもっと寄って来るようになりまして……『健一君、北風が寒~い、ハグして~』
そうこうしている内に大胸筋はどんどん厚みを増して行きまして、羽ばたいて浮き上がるまでは行きませんが、翼を支えられるようになってまいります。
翼に風を受ける感覚を覚えますと、飛んでみたくなるのが人情、そもそも飛んでみたいという願望が強い健一でございます、最初は朝礼台から、次は二階の窓からと徐々に飛び降りる高さを増して行きまして……。
「健一君! 止めるんだ、危険だぞ、屋上から降りてきなさい!」
「校長先生、大丈夫ですよ、僕には翼があるんですから」
「飛べるとは限らないだろう? もしものことがあったらワシはクビだ!」
青ざめる校長を尻目に健一が大きく翼を広げますと『飛~べ! 飛~べ! 飛~べ! 飛~べ!』の大コールでございます、それを受けて健一は屋上の床を蹴ります。
「南無三!」
「わ~!!!」
頭を抱えた校長の背中に降りかかる大歓声、校長先生が恐る恐る顔を上げて見ますと……。
空中に躍り出た健一は見事に滑空しております、なにしろ自前の翼ですから自由自在、急降下でスピードをつけて更に高く舞い上がり、風を捉えて旋回してと、健一は大空散歩を満喫しております……しかし……。
「あっ! 危ない!」
近所のマンションのベランダに子供の姿、エアコンの室外機に登って遊んでおりますうちにバランスを崩して……。
「間に合ってくれ!」
五階のベランダからまっさかさまに落ちる子供! 急降下で落下地点に向かう健一!
なんとか間に合いそうだ! しかし忘れてはいけない! 健一には腕がない!
「くっそー! これっきゃない!」
地面すれすれで健一は翼を丸めるようにして子供を抱きかかえます、ですが急降下のスピードは相当なもの!
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……キュウ。
子供を抱えたまま地面を十メートルほども転がった健一はまたしても脳震盪。
「よう、久しぶりじゃな」
「あっ! あなたは神!……様……」
「ほう、ちょっとは素直になったようじゃな、ところでまた子供を助けたそうじゃな」
「あ……もしかして……」
「そうじゃよ、願い事をひとつ叶えてやろう……ただし! 身にしみてわかっとるじゃろうが願い事はひとつだけじゃぞ」
「だったら迷うことなんかありません」
「ほう」
「腕をください、悲しみに満ちた不自由な、それでも愛すべき人間世界で生きていくために」
「結構楽しそうに飛んでいたみたいじゃったが?」
「ええ、楽しかったですよ、でもやっぱり普通がいいんです、翼より腕が欲しい」
「そうか……じゃがな、その大胸筋を見てみろ、並みの腕では釣合わんぞ」
「だったら、『この大胸筋に見合うだけの逞しい腕をください』これでどうです? これなら願い事はひとつでしょう? どうせ貰えるなら逞しい腕のほうがいいし」
「その願い、しかと聞いた、じゃが、後であーたらこーたら文句をつけるなよ」
「え? それってどういう意味……あ、また神が消える、神~! 神~! 消えるな~!
逃げるな~!」
「先生! 健一は! 健一は無事なんでしょうか?」
「お母さんですね? 大丈夫ですよ、滑空のスピードが速かったんですぐには止まれなかっただけで、脳波にも異常はありません」
「ああ……良かった……健一に会えますか?」
「もちろんです、この病室ですよ……わあっ!」
「ええええええええええっ! 健一、何なの? それ?」
「え?」
厚さ五十センチの大胸筋とそれに見合う腕、その姿はまるで……。
(ゴリラが胸を叩く仕草でオチ)