翼をください
地上ではディレクターがメガホンを振って叫んでいる。
(他人事だと思って……)
そう思いながらも歯を食いしばって羽ばたき、10メートルほども舞い上がったところで……。
俊彦の目に飛び込んで来たのは、濁流に揉まれて今にも溺れそうな男の子の姿。
ここ数日の豪雨で川は増水し濁流となっている、あの子は何かの間違いで落ちてしまったのだろう、なんとか木の枝に掴まっているものの力尽きてしまうのは時間の問題だ。
考える間もなく、俊彦は川に向かって滑空していた。
「ボクッ! 大丈夫か? 尻尾に掴まれ!」
普段の数倍にもなっている川のほぼ真ん中、そこまでは滑空で行けるが、男の子を救うには羽ばたいて空中静止しなければならない。
俊彦は必死で羽ばたきながら怪人の着ぐるみから垂れ下がる尻尾を男の子に差し出した、すると男の子はなんとかそれにしがみつく。
「よし! 腕に巻きつけて……そうだ、絶対に離すんじゃないぞ! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
飛び上がる時に既にかなり体力を消耗し、空中静止で更に筋肉を酷使し、その上今度は男の子の体重まで加わっている。
しかし、なんとしても岸まで飛ばなければ……男の子の命だけではない、この濁流に落ちれば大きな翼を持つ自分も水の勢いに抵抗できる筈もない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
必死に岸まで飛んだ俊彦、男の子の足が無事に地面に着いたのを見届けると……。
バサッ、ゴツン!
地上2メートルほどの所からだが、力尽きた俊彦は落下して護岸のコンクリートブロックに頭を打ち付けて気絶した……。
∧( ‘Θ’ )∧ ∧( ‘Θ’ )∧ ∧( ‘Θ’ )∧ ∧( ‘Θ’ )∧
(よっ、久しぶりじゃな)
(あ……あなたは……神!)
(……日本語ならやっぱり様をつけてもらいたいもんじゃな……また子供を助けたそうじゃな)
(ええ、まぁ、夢中で……)
(お前さんがそこまで飛べるようになるとは思わなかったわ)
(…………そう思わないのに翼をつけたんですか?)
(お前さんの望みじゃったろうが……で、今度はどうするんじゃ?)
(また望みを叶えてくれるんですか?)
(まぁ、身に沁みて知っとる知っとるじゃろうが、一つだけじゃよ)
(ならば俺の望みは決まってるじゃないですか、腕を下さい……悲しみに満ちた、不自由な、それでも愛すべき人間社会で生きて行くために)
(まるで替え歌じゃな……じゃが、お前さん、その胸を見てみろ、厚み50センチの大胸筋じゃぞ? 並みの腕ではつりあわんわ)
(じゃぁ、うんと太くて逞しい腕を下さいよ、どうせならそっちの方が良いし)
(わかった……後で文句は言うんじゃないぞ)
(え? それってどういう意味……あ、待って、神様、神様~!)
∧( ‘Θ’ )∧ ∧( ‘Θ’ )∧ ∧( ‘Θ’ )∧ ∧( ‘Θ’ )∧
「と……俊彦! どうしたの? その腕は!」
「え?」
見ると、翼はなくなっていて、確かに太くて逞しい腕がついている……。
だが……。
「俊彦……それじゃまるで……」
さすがに母親、その先の言葉は飲み込んだが、俊彦には想像がついた。
太くて逞しく、その太さに見合う長い腕……厚さ50センチの大胸筋とも相まって……。
俊彦はおそるおそる病室の鏡を見た……やっぱり……。
鏡に映ったその姿はまるでゴリラだった。
終