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青い月光の下で

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カイロで裸一貫になったペドロは盗みをした。

コインがジャラジャラと音をたて、詰め込まれたその袋ごと盗もうとした。
果物屋の目を盗み、その袋を取り、ゆっくりと店から背を向け歩き出した。
「おい」
 その声に身体が凍りつく思いだったが、その声はペドロにかけられたものではなかった。安心して足早にそこから立ち去ろうとした。そこを一人の四十くらいの髭をはやした男がペドロの腕を捕まえた。
「おい、そこの青年。金貨を見せろ」
「何のことですか?」
「とぼけるな。全部見ていたぞ。いいからこっちにこい」
 ペドロはその男に地下の小さな部屋まで誘導された。
「その金貨の数、罪の重さは分かるか?」
「金貨は全部は要らないんです。ここカイロからブラジルまで船で帰るお金さえあれば……」
「盗みは盗みだ。黙ってほしかろう」
 その男はペドロの目をじっと見た。薄ら笑いをしている。
「果物屋には黙っててやろう」
 男は言った。
「しかしだ。お前は償いをしなくてはいけない。この話を知っているか?」
 男は背もたれのある椅子に腰かけ、煙草をふかした。
「ある少年がオーストラリアの草原で山羊を飼っていた。少年は山羊を大切に扱った。水を与え、食料を与え、その代わり山羊のミルクを授かった。少年と山羊は、兄弟のようだった。あるときその少年の地の水がひどく体に悪いものが混ざり、井戸の水が飲めなくなった。少年は千キロ先の友人のいる街まで山羊と一緒に旅に出た。共に少ない水を飲み、チーズと干し肉を食べ、ひたすら東へ東へと歩いて行った。一か月もしないうちに食料がそこをついた。少年はどうしたと思う?」
 男はペドロの顔をなめまわすように見て言った。ペドロはただ一言
「分かりません」そう言うだけだった。男は薄ら笑いをして、話しを続けた。
「食料がなくなって一日目、ひたすら歩いた。二日目、また歩いた。三日目は足が前に動きづらくなった。それからというものの、少年と山羊はなかなか前に進まない。そして何も食べないで十日目だ。少年は山羊を殺してその肉を食べた」
 男は話し終えるとペドロをじっと見た。
「どうだ辛かろう。自分が弱いから盗みなんか働くんだ」
「そうかもしれない」ペドロは言った。
「いいか。よく聴け。お前は盗みを働いた。ここに金の延べ棒がある。これをピラミッドの近くの友人に届ける。君はこの金の延べ棒を届けに行くしか償う方法がないんだ。君はみんなの中の自分というものが分かるか?ずっと信じていた自分から、みんなの中の自分を捜しに行けるか?」
 ペドロは言った。
「みんなの中の自分ということを聴いた途端、自分がみすぼらしくなり、自信がなくなり、何ていうか、もうリアルから離れていきたい気分なんです」
 男はまた薄ら笑いをして、
「さあ、行け。ラクダと水と食料と地図とコンパスがある。金の延べ棒を取って逃げるなんて考えるなよ。そのときは、誰かがお前を殺しに行く」
「はい。分りました」
 ペドロは男と別れを告げ、ひたすら歩いた。砂漠に入った。
 別れ際に聞いたが、あの男の友人は石油王だという。男は商い人、石油を売って、金をもらっている。しばらくカイロの中心都市を離れると、大きな損害になる。だからペドロに頼んだのだ。
 砂漠の中にオアシスがあるはずだ。そこに行けば水が手に入る。夜の星を頼りに、ひたすら歩いた。
 
空腹も一つの快楽になった。
 
ただ歩くこと、そしてペドロは男の友人のところへたどり着き、金の延べ棒を渡した。男の友人は「ありがとう」とだけ言って、お礼に金貨をくれた。またペドロにスープを与えた。ペドロはそれを飲んでまたラクダに乗って、帰ることにした。
 
またひたすら歩くと、オアシスに小さな集落があった。
そこのオアシスの湖の側に美しい少女がいた。
「隣りいい?」
「いいよ」
 少女はペドロの隣に座った。
 
 その日は信じられないほど月光が明るかった。

 満天の星の下のどこかで、今も盗みや殺人が行われているなんて、考えられなかった。少女はペドロに言った。
「あなたブラジル人でしょ?」
「そうだよ」
「私もブラジルの生まれなの。今はここに住んでいる」
 湖の水は銀色に波打ち、幾つもの月光の反射により、オアシスが今も生きていることを証明している。
 彼女はそっとペドロの手に彼女の手を重ねた。そして二人はなんとなくキスをした。そしてお互い湖に視線を落とした。
「名前なんて言うの?」ペドロが言うと、
「ソフィーア。あなたは?」
「僕はペドロ」
 
 ペドロはそれからしばらく集落に住むことになった。ペドロとソフィーアは親密になった。二人で夜になると湖の側で話をした。この集落で若いのはペドロとソフィーアくらいだ。
「私は商売人の子供よ。あなたハンサムね。私あなたのことが好きよ」
「僕もソフィーアのことが好き」
「私達が湖で会っていることも誰かさんが噂しているのかな?」
「そうかもね。僕は明日は永遠にあるわけではないという事実すら、受け止められないんだ」
「大丈夫。世界はいつか、滅びると学者によって証明されているのよ。それでもあなたは世界の滅亡から私を守ってくれる?」
「きっと守るよ。僕は強い人間だよ」
「本当?」
「僕は優しい人になりたい。そして優しいパートナーに巡り合いたい。ずっとそう思っていたんだ。君のことが知りたい」
 ソフィーアのことを知る。それはペドロにとっていまだに食べたことのないオアシスで見つけた果実の味を知るように、どうしようもない甘い衝動だった。
 ペドロはソフィーアに言った。
「本気で君のことが知りたい。君と僕が違うことがあっても大発見。同じことがあればまた大発見」
「私も同じよ。でも一つだけ約束して?私一人を愛する。世界中の女の子の中で私だけを愛する。月日が流れて、青い心を忘れれる日々が来ても、一生私のことを愛すると約束してくれる?」
青い二人は人生の絶頂に置かれ、今のシーンが色褪せるなんて微塵も想像ができなかった。
なぜなら、二人は一生を決めるバージンロードを歩いているのだから。

 その日も月光が青く燃え盛っていた。

作品名:青い月光の下で 作家名:松橋健一