⑨残念王子と闇のマル
兄妹の賑やかな声も、あっという間に聞こえなくなった。
カレンはその背中を見送った後、理巧に向き直る。
理巧は空を寝袋ごと背負って、自分の鞄を持ち上げたところだった。
「持つよ。」
カレンは理巧から鞄を受け取ると、空の顔を見る。
その顔は真っ白で、目を閉じてぐったりとしているけれど、体も唇もガクガクと震えていた。
「ソラ様。」
声をかけてみるけれど、返事はない。
「急ぎましょう。」
強ばった表情で理巧は槍を持つと、足元の石を手早く払いのけていく。
「僕がするよ。」
カレンは理巧の手から槍を取り、理巧の前を歩いた。
その時、猛禽の甲高い警戒の声があがる。
「!」
理巧とカレンは一瞬視線を交わすと、素早く空を下ろし、二人でその上に覆い被さった。
ほどなくして、先ほどと同じ地震が起きる。
けれど、今回は噴石は降ってこなかった。
揺れがおさまると、二人でホッと息を吐き、すぐに理巧が空を背負う。
「カレン様。」
素早く先導に戻ろうとするカレンに、理巧が声をかけた。
カレンがふり返ると、理巧は真っ直ぐにカレンを見つめ、頭を下げる。
「ありがとうございます。」
頭を下げたまま上げない理巧にカレンは近づいて、その肩をぽんぽんと叩いた。
「僕にとっても、父上だから。」
ハッと顔を上げた理巧にカレンは笑みを返すと、再び先導をし始める。
すっかり逞しくなったカレンの背中に、理巧は心の中でそっと呼び掛けた。
(兄上…。)
目頭が熱くなり、温かな想いに満たされながら、理巧はカレンと息を合わせて下山する。
(この人についていきたい。)
姉がおとぎの国に嫁ぎ、自身が頭領となった暁には、星一族を花の都とおとぎの国に分割し、もう他国の調略などの依頼は請けないようにしよう。
理巧は、強く決心した。
作品名:⑨残念王子と闇のマル 作家名:しずか