「サスペンス物語 恩返し」 第一話。
仕事で長野県の奥深い村にやって来た村林隆は、路肩にうずくまっている生き物を見つけた。
除雪した場所に側溝があって、そこに身体が挟まっている様子に見えた。
近づいてみると野生の狐のようだった。牙をむいて吠える元気が残っていたようだが、もがいても身体は溝から抜け出せなかった。
「怒るなよ。今出してやるから。おとなしくしていろよ」
そう声を掛けて隆はそっと手を差し伸べて、身体を引き抜いてやった。狐は自分に危害を加えないだろうことを理解できたのか、おとなしくしていた。
やがて外に出して手を離すと、一気に駆け出して山の方に向かったが、急に立ち止まって振り返る仕草をした。
隆は手を振った、満面の笑顔で。
その後姿は見えなくなってしまった。
ルポライターの仕事をしている隆は取材を終え、また来年同じころに来るからと約束を残して現地を去った。
語り部から平家の落人の話を聞くためだ。
この時期に行くのは雪のない季節は都会へ出稼ぎに行って家計を支えているからだ。
今年もまた雪の季節がやって来た。
そろそろ出かけないと豪雪で道が通れなくなるような場所へ取材に行かないといけなかった隆は、渋々車のキーをひねった。
妻にニ、三日出かけてくるからと言い残して、甲州街道をひたすら塩尻に向かって走る。
あえて高速道路を走らないわけがあった。
それは時々道の駅を見つけて地元の名産物を食べたり、この時期大好きな温泉へ立ち寄りたいからだ。
甲府市に入ってまずは石和温泉、塩尻から岡谷に回って下諏訪温泉と湯に浸かって、目的地の鬼無里村(きなさむら)に着いたのは日が暮れていた。
やはり予想通り雪が降ってきて、道路は真っ白になり、注意して運転しないとスタッドレスタイヤを履いていてもスリップしそうになる。
特に降り始めは注意が必要だ。
予約してある宿に向かう途中で、うっかりとミスをして路肩に突っ込んで車が動けなくなってしまった。
JAFに電話をするが、今日は事故が多いのですぐには行けないと言われ、困り果てていた。
人が歩いているような場所ではなかったので、隆は車の中で夜を明かす覚悟で待つことにした。
ガソリンは満タンに給油していたのでこのままエンジンを切らなくても大丈夫だった。強めの暖房を掛けてウトウトしていると、窓を叩く音で目が覚めた。
見ると女性が覗きこんでいる。
運転席側の窓を開ける。
「どうされましたか?お困りでしたら、すぐそこに自宅がありますのでお休みなされませんか?車の中では窮屈でございましょう?」
ニコッと笑って地元の人だろうか、若い女性が声をかけてくれた。
「側溝にタイヤがはまってしまって動けなくなりました。JAFも来ないし、困っていたところです。厚かましのですがお邪魔させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。狭いところですが、ごゆっくりしてください」
除雪した場所に側溝があって、そこに身体が挟まっている様子に見えた。
近づいてみると野生の狐のようだった。牙をむいて吠える元気が残っていたようだが、もがいても身体は溝から抜け出せなかった。
「怒るなよ。今出してやるから。おとなしくしていろよ」
そう声を掛けて隆はそっと手を差し伸べて、身体を引き抜いてやった。狐は自分に危害を加えないだろうことを理解できたのか、おとなしくしていた。
やがて外に出して手を離すと、一気に駆け出して山の方に向かったが、急に立ち止まって振り返る仕草をした。
隆は手を振った、満面の笑顔で。
その後姿は見えなくなってしまった。
ルポライターの仕事をしている隆は取材を終え、また来年同じころに来るからと約束を残して現地を去った。
語り部から平家の落人の話を聞くためだ。
この時期に行くのは雪のない季節は都会へ出稼ぎに行って家計を支えているからだ。
今年もまた雪の季節がやって来た。
そろそろ出かけないと豪雪で道が通れなくなるような場所へ取材に行かないといけなかった隆は、渋々車のキーをひねった。
妻にニ、三日出かけてくるからと言い残して、甲州街道をひたすら塩尻に向かって走る。
あえて高速道路を走らないわけがあった。
それは時々道の駅を見つけて地元の名産物を食べたり、この時期大好きな温泉へ立ち寄りたいからだ。
甲府市に入ってまずは石和温泉、塩尻から岡谷に回って下諏訪温泉と湯に浸かって、目的地の鬼無里村(きなさむら)に着いたのは日が暮れていた。
やはり予想通り雪が降ってきて、道路は真っ白になり、注意して運転しないとスタッドレスタイヤを履いていてもスリップしそうになる。
特に降り始めは注意が必要だ。
予約してある宿に向かう途中で、うっかりとミスをして路肩に突っ込んで車が動けなくなってしまった。
JAFに電話をするが、今日は事故が多いのですぐには行けないと言われ、困り果てていた。
人が歩いているような場所ではなかったので、隆は車の中で夜を明かす覚悟で待つことにした。
ガソリンは満タンに給油していたのでこのままエンジンを切らなくても大丈夫だった。強めの暖房を掛けてウトウトしていると、窓を叩く音で目が覚めた。
見ると女性が覗きこんでいる。
運転席側の窓を開ける。
「どうされましたか?お困りでしたら、すぐそこに自宅がありますのでお休みなされませんか?車の中では窮屈でございましょう?」
ニコッと笑って地元の人だろうか、若い女性が声をかけてくれた。
「側溝にタイヤがはまってしまって動けなくなりました。JAFも来ないし、困っていたところです。厚かましのですがお邪魔させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。狭いところですが、ごゆっくりしてください」
作品名:「サスペンス物語 恩返し」 第一話。 作家名:てっしゅう