いいわけ
どれだけ寝ても眠い体を起こして、僕はバイトに行く。外はまだ暑くて陽が出ているうちは半袖のシャツで充分過ごせる。最近は毎日のように母親と喧嘩している気がする。それもしょうもない理由で。志望校を決めたはいいが、一向に勉学に励まない僕が心配なのだろう。
バイト先の更衣室がある建物に自転車を停めて、ロッカーで少し黄ばんだ白いつなぎに袖を通しす。今日も1日が始まる。バイトをしている時だけが僕の生き甲斐だった。働いてる時は頼られてる気がするから。
仕事内容は飛行機の機内を清掃するという珍しいが羨ましくはない内容だ。機内誌をひと席ずつ汚れや破れが無いかを確認し、それが終われば拭き掃除。仕上げにクリーナーをかけるのが僕の仕事。
「吉岡くん、そのゴミ袋破れてませんか?」
え?と僕は驚く。ギャレー担当の中澤さんだ。中澤さんはこのバイトに入って一ヶ月経たないくらいの新人さんだった。機内から回収したごみ袋が破れており、中から少しコーヒーが漏れていた。中澤さんが新しいゴミ袋をそっと渡してくれたので
「あ、破れてますね」と僕は少し笑って返事をして新しいゴミ袋に入れ替えた。
こういうやり取りが新しい生き甲斐になるとは思ってもみなかったが、恐らく僕は一目惚れをしたのだろうと今では思う。
それからちょくちょく同じコースで仕事する機会が増え、彼女を知りたい気持ちは次第に大きくなっていた。塾へ通う日の都合でシフトを変更すると、月・水・土の週三回のシフトは全て彼女と被っていた。それからの週三回のバイトは本当に楽しかった。飛行機から次の飛行機へ清掃に向かう合間の移動手段としてのバンでは、できるだけ話をした。
といっても僕は今時の若者にありがちな、話し下手だったのでいつも中澤さんから話しかけてもらっていた。
気づいたのは十月頃だった。僕は誰かを好きになるといつも親友に話を聞いてもらっていたのだが、無意識に中澤さんの事を話していることに自分でも驚いた。
あ、俺恋してる。久しぶりの感覚に胸が高まると同時に自分の行動がすごく不安になり慎重になった。嫌われるのが怖い。自分のダメなところを見せるのが心底嫌だった。だから今のダメな自分を否定するように、遅刻せず学校に行き、馬鹿なりに勉強もした。
いつか相応しい男になって思いを伝える時がきっと来ると信じていたのだ。