気配
気になるからと言って、今 万年筆が快調に走ってくれていることを止め、席を立つのも違う気がした。
キミがちょこんと現れ、いつもの所に座ってくれていることがボクの日常の風景となっていたからだ。
ゴン。ガシャッ。
今度は、しっかりとキミの気配を後ろに感じてボクは振り返り、リビングのドアのほうを見た。
ちょっと可愛い仁王立ちのキミがそこにいた。
「どうした?」
「にゃん!」
おっと、明らかにお怒りが降りてきている。それにしても 何に?
考えるボク。
「にゃん!」
むむむ……。 まだ考えるボク。
ボクは、万年筆を置くと、くるりと椅子を回転させてキミに向かい両手を広げて見せた。
『おいでよ』心の中の言葉がキミを呼ぶ。
ボクに近づくキミのペンダントに 雲から出た陽射しが反射して煌めいた。
「いらっしゃい。なかなか入ってこなかったね、どうした?」
「にゃ」お怒りがやや退いたようだが、まだ淀んでいる。
早く解釈しなければ……。 よく観察しろぉ……。
キミが手の甲をふと押さえた。
これだ!
「ぶつけたんだね。ごめん」
キミが来ない年末の暇に任せてした大掃除に奥の部屋にあったものを狭い通路に持ち出したままにしてあった。いつも通りのマイペース。目隠ししても同じように動くだろうキミには この部屋はまだ未知の領域だったんだね。
ボクは、その手に対して癒しの魔法をかける…
「いたいの、いたいの……」
唇を寄せる。と……
「ここもぶつけたにゃん」を尖らせるくちばしに ボクは優しく癒しの魔法をかける。
あ、ちょっと、ほんのちょっと長めの魔法だ。
キミの気配が、いつしか重みを感じ、椅子に座るボクはキミの椅子となる。
ボクの傍にいるキミがずっと変わらないでいるならばボクも変わらない。その気配がボクを幸せにしているような気がする。見つめ合わなくても、抱きしめていなくても、髪の毛一本を動かす風がなくても、キミの気配は、ボクの気持ちを動かすんだ。
いつもの場所にはキミの気配はないけれど、今、ボクの腕の中は甘い気持ちが溢れている。
キミを抱きしめている。このまますっと抜けだしていっても ここに残ったこの… これ。
これが ボクの大きな癒しの…… なんだっけ? わからないものなんだよね、これ。
ただそれだけなのに……。
― 了 ―