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しょうきち
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冒険の書をあなたに2

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第五章 彷徨える魔物使い



 時は再び遡る。
 リュカたちが過去へとやってきてから、彼らの時間軸では既に二週間近く経過していた。
 眼前に茫漠と広がる砂漠を這う這うの体で抜け出してアネイルという観光都市へと辿り着いたものの、一行はそこで足止めを食らっていた。

 街に二つある宿屋のうち、リュカは小奇麗なほうを選んで滞在中であった。
 宿の前にいた男が街の案内を買って出てきたのを断ると小奇麗な宿についての悪評を散々言われたが、彼の妻ビアンカから客引き行為をする宿屋は碌なもんじゃないと聞いていたのもあり、分かりやすい客引き行為に引っ掛かりはしなかった────否、この時点でそもそも他人に構っている時間などなかったからだ。
 長期滞在のために所持品を幾つか売り払ってきたリュカが、部屋の寝台に横たわる彼の右腕、スライムナイトのピエールを視界に映す。
 出来る限り物音を立てないように近づき、鎧兜を外して眠るピエールの額と首元にそっと触れる。
(まだ熱が高いな……)
 魔族だという彼はリュカを遥かに凌ぐ年齢だと言うのに見た目が幼いままで、耳の形で魔族だと知られぬようにさえしていれば、リュカの息子として宿泊できた。キラーパンサーのプックルもこちらでは魔物として認識されておらず、大型ペットとして滞在を許されたのは奇跡と言ってもいいだろう。
 汗で張り付いた黒髪をそっとはがしているうち、ピエールがうっすらと目を開けた。
「……ピエール、気分はどう?」
「リュカさま……、」
 主の声にすぐ起き上がろうとする肩をリュカは慌ててぐいと押さえ込む。
「寝てなさい。熱下がってないよ」
「しかし……」
 ここで手を離せば姿勢を正すに違いない────と彼の生真面目な性分を知っているリュカは、肩を押さえた手をそのままに柔く笑う。
「いいから。もうちょっと体が楽になったら、皆で温泉行こうか。ここ温泉街なんだってさ」
「…………」
 暫しの沈黙を経て、ピエールの深海のような青い瞳が微かに揺れた。
「申し訳ございません……私が、不甲斐ないばかりに」
 こちらの世界は随分と肌寒い。厚みのある羽毛布団をピエールが冷えないようにと掛け直して、今にも土下座をし始めそうな声音の騎士をなだめた。
「そんなの心配しなくていいんだよ。今は気をしっかり持っててくれ、ぼくが治してあげるから」
 砂漠で魔物に襲われてから間もなくのことだった。雑魚からかすり傷しか受けていなかったにも関わらず、突如ピエールが寒気を訴えて倒れた。見れば肌には虫さされのような丘疹ができており、元の世界で流行し続けている感染症、ラグトネラ菌による症状と酷似していた。過去の世界でこのような感染症が流行った記録は見つかっていない。発症に関しての疑問は残っていたが、それよりも薬草パデキアを入手するのが先決だとリュカは考えていた。
「余計なことは考えないで、ゆっくりお休み。いいね?」
 そう言って、ピエールの小さな頭をわしわしと撫でた。
 主の優しい声色は嬉しかったピエールだったが、自分のほうが年上であるがゆえに不服を申し立てた。
「リュカ様。何度も申し上げておりますが、私は幼子ではありません」
 不貞腐れた言い方を諌めているのかからかっているのか、リュカは片手でピエールの頬をふにっと摘まむ。
「知ってるよ。でもここではぼくの子供ってことにしてるからね、ちゃんとお父さんって呼ぶんだよー」
 一層不快そうに眉根を寄せながらもピエールは主のちょっかいを払い除けず、されるがままになっていた。
「面白がってますね……?」
「まあね。だって実の子供二人とも金髪でさー、黒髪の君のほうが黙っててもぼくの子供に見られてるんだもんなー。こんな面白いこと早々ないね」
 とうとう両の頬を引っ張られ始めた。いひゃいれふ、と情けない抗議が聞こえても、リュカは目を細めている。
「……なんだっていいんだ。安全なところで休ませてあげられれば、それでいい」
 言葉の意味にピエールが口を開きかけたとき、リュカの息が額にかかった────子供たちと旅をしていた頃に行っていた、お休みの合図である。
「……!」
 ちゅっと小さな音を立ててリュカの唇が離れていく。
 ただでさえ高熱で赤らんでいたピエールの顔がかっと火照ったように見えた瞬間、彼ははぐれメタル並みの素早さで掛け布団の中へと潜り込んでしまった。
「ま、また、子供扱いをして……っ!」
 その後も布団の下から早口で苦情を申し立てているピエールに、リュカは優しいまなざしを向けて笑む。
「あはは、お休み。ぼくは温泉入ってくるから、何かあったらプックルに伝えて」
「…………かしこまりました」
 くぐもった声を聞き付けたリュカは、ピエールに回復呪文ベホマをかけてから静かに部屋を出ていった。

 夕暮れが近づき始めた街並みを眺めつつ、リュカは硬い表情でとぼとぼと歩く。
(どうしたもんかなぁ……)
 真新しい布袋から、手持ちの不用品を売って得たゴールドを取り出してみる。
 多めに持ち出してきたゴールドは刻印から何から違うせいで一切使えず、新たに何かを購入して売り現金化する手も使えない。
 しかもこの周辺で出てきた敵はどれも弱く、現れても一目散に逃げて行ってしまう。唯一逃げずに向かってきたのは砂漠で遭遇した巨大なミミズ数匹、硬い殻に覆われた大型サソリくらいのものだった。それも巣がありそうな場所をわざと徹底的に踏み荒らして怒らせた結果だ。
 ピエールも見たことがないという魔物たちばかりで多少戸惑いつつ倒すのに苦労はない程度だったが、今はサソリから受けた一撃で発症したピエールの容態が気にかかる。
(あいつらが落としたゴールド程度じゃ、もってあと数日……なんとかしないと)
 家路を急ぐ人々を目で追い掛けながら、足は真っ直ぐに温泉の入口へと辿り着いた。

 まだ明るいせいもあってか、温泉内に人気は少なかった。
(こっちでもまた樽ぶっ壊して中身漁るしかないのかなぁ……いやいや、妻帯者で一国一城の主になったってのに、それはな〜……)
 額に浮かぶ汗を拭いながら今後どうしようかと意識を巡らせ続けるが、堂々巡りを繰り返すばかりで何も浮かんでは来ない。
(……だめだ。やっぱり背負ってでもピエールを連れていくしかないのか……?)
 できることならあのまま宿で休ませてやりたいのに、もし道中で魔力が尽きれば手持ちの薬草は減る一方になり購入もままならない。魔力を回復させるアイテムもそこそこ持っては来たが、いつ戻れるのかも不明な現状でこの先を考えると、おいそれと使うわけにもいかない────焦りばかりが募り、そこで思考を止めたリュカはやむなく宿屋へと戻ることにした。

 その頃、宿屋では────
 どさりと音を立てて、ピエールが寝台から転げ落ちた。物音に気付いたプックルが耳をピクリと動かして、ついと顔を上げる。
「おいピエール、何してんだ。寝てろ」
 視線の先には、無理を押して床を這いずる騎士の姿が見えた。力を振り絞り寝台の脇に立てかけていた愛剣にすがりつき、額を柄に押し当てぜいぜいと息を吐いている。
「ベ、ベホマ……ッ」