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配達された二通の手紙

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 本来、政治的な思想を同じくする者の集まりなのだから、考えが変われば出るも入るも自由な筈なのだが、現実はそうではない。
 もし、今ここから出て行くと宣言すれば裏切り者扱いされて吊るし上げられる事は確実、おそらくリンチに遭うことになってしまうだろう。
 チャンスはバリケードが破られた時、その時に制圧された振りをしながら投降するしかない。

 和子はバリケードの最前線に陣取ってチャンスを待つことにした。

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 バリケードの外では対策が練られていた。
 学生側からの動きはない、にらみ合いは長期化する一方だ。
 機動隊からの突入も議論されたが、学生にケガをさせることは世論が許さない、と言うよりもマスコミに吊るし上げられる、裁判ともなれば弁護士が機動隊側のどんな小さなミスも許さずに衝いて来るだろう。
 人質がいるわけでもないこの状況ではあくまで動きを待って制圧するのが上策と結論付けられた。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 バリケードの内側もまた焦れていた。
 大学の施設に立て籠もって困らせること、今や目的はそうなってしまっている。
 それならば機動隊が動かないのは好都合の筈だが、そうも言えなくなって来ている。
 まず、食料が底を突いて来た、人間、腹が減ると苛立ちやすくなるもの、些細なことで口論が絶えず、立て籠もりは限界に近くなって来ている。
 
 幹部の中から『打って出るべきだ』と言う声が上がる、このままにらみ合っていても何も生まれない、と。
 しかし、リーダーは動こうとしなかった。
 機動隊と一戦交えることが目的ではなかった筈だ、と。
 そしてバリケードの中は強硬派と慎重派に二分されて、険悪なムードに包まれた。
「この腰抜けがぁ! 貴様にリーダーの資格なぞない!」
 ついに強硬派幹部がリーダーを角棒で殴りつけ、リーダーは崩れ落ちた。
 和子はここぞとばかり悲鳴を上げた。

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 その悲鳴はバリケードの外にも響いた。
 機動隊は事態の急変に備えて強行突入の準備を整えた。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 バリケードの内側では和子の悲鳴が引鉄となって、強硬派と慎重派の乱闘が始まっていた。
 そして、和子も強硬派に胸倉をつかまれた、その手には鉄パイプが握られている。
 和子はもう一度、今度は何の思惑もなく、ただただ、殺されると言う恐怖で悲鳴を上げた。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 それを合図にしたように機動隊はバリケードを破って突入した。
 バリケードの中で内紛が起こっている、そもそも暴力沙汰を収めるのは警察官本来の職務なのだ。
 和夫は先頭に立って突入した。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 最初に和夫の目に飛び込んで来たのはヘルメットを飛ばされ、直接頭に鉄パイプの一撃を受けようとしている和子の姿。
 今、まさに鉄パイプが振り下ろされようとしている。
 和夫は間に割って入り、右腕で鉄パイプを受けた。
 左には盾をつけていたが、重く大きい盾を使ったのでは間に合わないと判断しての事だった。
 右腕から鈍い音がした、骨にひびが入ったようだ……しかし、それで怯んでいる暇はない、左に構えた盾に肩を押し当てて体当たりをかます。
 鉄パイプ男はあっけなく吹っ飛び、後続の機動隊に取り押さえられた。
 右腕を負傷した和夫だが、へたり込んだ和子を抱き寄せるようにして盾の陰に保護した。
 そして、続々と踏み込んで来た機動隊は、学生を瞬く間に制圧した。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

「腕、大丈夫ですか?」
 和子もバリケードの中に立てこもっていた一人、当然連行の対象だ。
 和夫は和子を保護してバリケードの外に出すと、警官に引き渡そうとした。
 その時、和子は和夫の腕を心配してそう声をかけた。
 学生運動の制圧では罵声しか浴びせられたことがない、和夫は面食らった。
「大丈夫……でもないかな、骨折はしていないようだが」
「すみません、私の為に……」
「職務ですから……でも、あの悲鳴はもしかしてあなたが?」
「はい、あのまま篭城を続けると仲間内で暴力沙汰になりそうで……」
「我々が突入するきっかけを作ろうと?」
「二度目のは単純に怖かったからですけど……殺されるかと」
「確かにあのまま頭に鉄パイプを振り下ろされていたら危なかったですね」
「はい、命の恩人です」
「いや……まあ、職務ですから……でも、そういう事を言う運動家は初めてですよ」
「少し考える所があって……」
「何かあったんですか? バリケードの中で」
「ええ……不思議な郵便配達が、何処からともなく入って来て」
「郵便配達人? それはもしかしてケン・ポストマン?」
「え? ええ、確かにそう名乗りましたけど」
「彼は誰からの手紙をあなたに?」
「父からの……でも不思議なんです、父は20年前に硫黄島で戦死してるのに……」
「でも、その手紙は本物だったんですよね?」
「ええ、今はそう信じてます」
「確かに不思議な郵便配達ですね」
 和夫は胸ポケットから手紙を取り出して和子に示した。
「不思議な縁ですね、実は先ほど私も20年前に硫黄島で戦死した父からの手紙を受け取ったんですよ……」

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

「和彦、男の子だろう? ボールがぶつかった位で泣くな」
「泣いてないやい!」
「へえ、目に水が溜まって見えるけどな」
「汗だよ!」
「はは、そうか、疑って悪かったよ、今度は上手く捕れよ」

 和夫は五歳になる息子、和彦とキャッチボールの最中。
 傍らでは妻の和子が親子のキャッチボールをスマホに収めて笑っている。

 あの後、不思議な郵便配達人、ケン・ポストマンから受け取った手紙を見せ合った和夫と和子は、父親同士が硫黄島での戦友で、同じようにケンに手紙を託した事を知った。
 そして、お互いの父親の仏壇に手を合わせるために家を訪問し会い、母親同士も意気投合して互いに墓参りをしあうようになり、家族ぐるみの交流はやがて……数年後、和夫と和子は結婚した、和彦はその長男である。
 
 その晩。
「この写真いいね、これ、絶対泣いてるよな」
「ふふふ、強情な所があなたにそっくりよ」
「仕方ないさ、お祖父ちゃんの代から岩村家の伝統だからな」
「この写真、お父さんたちに見せてあげたいわね……」
「そうだな、共通の孫だからな、見せてあげたいな、平和な日本で、あなたたちの孫は元気に、そして強情に育っていますって手紙を添えてね……」

作品名:配達された二通の手紙 作家名:ST