Dream&Calling
― 2033年1月
「母さんね、今年の9月からもう一度音大に行こうと思うの」(注:カナダでの新学期は9月に始まり翌年の6月に終わる2学期制だそうです)
LOVE BRAVEの若きギタリスト、スティーブン・シュルツの母サラが切り出した。彼女の言葉を聞いて、スティーブンは目を大きく見開いて尋ねた。
「え!?どうして?」
サラは、静かにほほ笑むと、話し始めた。
「5年くらい前かしら、おまえは『バンドでギターやりたい』って言って、ヒューゴやフィルのもとでギターを学んで、見事にその夢をかなえた」
スティーブンは、黙ってこくりと一度うなずいた。
「そんなおまえの姿を見て、母さんも昔からの夢に向かって進もうって決めたの」
実はサラは昔、トロントの某大学の音楽学部でヴァイオリンを専攻していた。もともとクラシック音楽を得意としていたが、ある日ロック好きの友人に勧められたビートルズのCDを聞いて衝撃を受け、彼女の音楽の世界は一変した。サラはすっかりロックにはまり、ビートルズのナンバーをメインにヴァイオリンを弾くようになった。
そしてまた別の日には、同じ友人からビートルズのような「4人組ロックバンド」を紹介され、彼らのライブに足を運んだ。そのロックバンドこそがLOVE BRAVEであり、サラはリーダーでギタリストのティム・シュルツのパフォーマンスとソングライティングの才能に心底シビれた。こうして彼女はLOVE BRAVEのライブに頻繁に行くようになり、ビートルズ大好きという共通点でティムと意気投合し、恋仲になった。2年の交際期間ののちに結婚したが、そのときには既に(彼女のほうから誘った結果)妊娠していたために自身の父母からは
「何のために音大に行かせたと思ってるの!」
という非難を受けながらも、ティムの誠実で心優しい態度が彼らの心を動かし、許してもらえたのだった。
その後、サラは産休を取り、2016年7月9日にスティーブンを出産したが、同年の12月、不幸な事故で夫が急逝した。彼女の悲しみはあまりにも大きく、復学が極めて難しくなり、涙のうちに退学という選択肢を取ったのであった…。
それからしばらくは「ヴァイオリン」や「ギター」という名前を聞くだけで心が不安定になったが、ヴァイオリンへの情熱は完全には消えず、やがて少しずつそれを取り戻した。そのうえ、LOVE BRAVEを見初めた「Φ(ファイ)」のドラマー、ジョアキム・ウッド氏の援助で、彼の行きつけ(というよりお抱え)の楽器店で働くことになった。それから8年後にそこの店長に昇進し、現在に至る。
母の決意を聞いて、スティーブンは突然に涙した。
「どうしたの、スティーブン?」
「いや…俺、音楽やっててよかった…」
一呼吸おいたあと、彼は話を続けた。
「俺が音楽やってる姿が、夢に向かって進む人の原動力になってるのが分かったから。ミュージシャンとしてこれ以上うれしいことはないよ…」
そう話している途中、彼は2、3回はなをすすった。サラは、そんな一人息子の肩を抱いた。
「夢を取り戻せたのはおまえのおかげよ、スティーブ。本当にありがとう」
「いや…」
スティーブンは、照れるあまりほとんど何も言えなかった。
それからしばらくして、今度はスティーブンから言い出した。
「俺の夢を一番応援してくれた母さんを、今度は俺が応援するんだ。母さんも、『ブレないミュージシャン』になれるように頑張ろう!」
「ええ…!」
作品名:Dream&Calling 作家名:藍城 舞美