※これはストーカーではありません!
「まぁまぁ、葵。落ち着いて」
珍しく雪美が人をなだめている。
『落ち着けるわけないでしょ!』
普段は温厚な葵が、別人のようにカンカンに怒っている。
が、ふいにその声が、氷のように冷たくなった。
『ねぇ、雪美。お願いがあるんだけど』
雪美は嫌な予感を感じた。
「な…なに…?」
『二万円あげるから、今すぐさんちゃんの顔面ぶん殴って!』
「ええ?!そんな…できないよ〜」
『じゃあ、四万円』
「う〜ん…」
『欲しくないの?四万円あれば欲しい物なんでも買えるよ!』
「わ…わかった」
雪美はついに誘惑に負けた。
5
雪美は携帯をポケットにしまい、再びレンガの家に戻ってきた。
「どう?晴子。何か他に情報掴んだ?」
窓の隙間から会話を盗み聞き中の晴子に聞いてみた。
「ううん、別に大したことは話してないわ。でもあの二人、かなり仲良しみたいね。恋人っていうよりは、なんだか幼なじみみたい」
「ひょっとして、幼なじみなのかもね。でもだからって恋人同士じゃないとは言いきれないよ。幼なじみ同士でも恋が芽生えることだってあるからね」
得々と語る雪美。というのも、雪美は幼なじみの男子と交際経験があるからだ。ちなみに晴子もそれを知っている。
「でも」と晴子が何の気なしに口を開いた。
「あんた達、付き合って一週間で別れたんでしょ」
「・・・・・」
雪美は無言でうなだれた。
追い討ちをかけるように晴子は言った。
「あんたって、ほんと続かない女ね〜。だいたい、男を平気でコロコロ変えすぎなのよ。それに、男を見る目もないわね。いい?男は顔や地位なんかで選んじゃダメ。大事なのはハートよ」
彼氏いない歴=年齢の晴子にだけは言われたくないセリフであった。
「ねぇ、それより」
話題を変えようと、雪美は先ほど葵と電話で話した内容を彼女に話して聞かせた。
「ええ?今何て?」
晴子は少々面食らっているようである。
「だから、さんちゃんをぶん殴りに行くって約束したの」
雪美はもう一度繰り返した。
「ダメよ、そんなの!傷害罪で訴えられるわよ」
晴子は大反対し、必死で雪美を止めようとした。
「それに、まださんちゃんが浮気してるとは限らないじゃない。ねぇ、お願いだから考え直して」
「やだ!四万円欲しいもん!」
金に目の眩んだ雪美には何を言っても無駄のようだ。
「よ…四万円ですって?!なによ、それ!ずっる〜い!!」
晴子はハンカチを噛んで悔しがった。
「あっ、何か聞こえるよ」
雪美は窓の方を顎でしゃくった。
今度は話声だけではなく、なにやら喘ぎ声のようなものも混じっている。
「あぁ〜!いいわぁ、そこそこ…。あん!ダメダメ、そこはダメよ…」
雪美は我慢できずに窓から顔を覗かせようとした。が、すぐに晴子に止められてしまった。
「バカ、見つかるわよ!」
「だって、何してるのか気になるんだもん」
「あんたも鈍いわね!二人は今、“イイ事”してるのよ!」
そう言ったとたんに、今度はさんちゃんの荒い息遣いが聞こえてきた。
「やっぱりさんちゃん、サイテーの浮気者だ!」
雪美は正気を失い、ついに家の中へと押し入った。
「この、浮気者ー!!」
が、家に入って目の前の光景を見た雪美はハッとして立ちすくんだ。
女の人はロッキングチェアに座ったまま、呆然と雪美を見つめている。
さんちゃんは彼女の後ろに立ち、懸命にその肩をもみほぐしていた。勿論、二人共衣服はしっかりと身につけている。
「なんなの、あんた?」
女の人に睨みつけられ、雪美はもじもじしながら言い訳した。
「あ…あのう、私―――さんちゃんの浮気調査してて…」
「はぁ?」
女の人はさんちゃんと顔を見合わせ、それから雪美に向き直って、
「あたし達、姉弟なんだけど?」
と不機嫌そうに眉を寄せた。
「ええ?!」
ちょうどその時、雪美を心配した晴子が家に入って来た。
「すみません、勝手に入ってきちゃって。すぐ出ていきますんで〜」
雪美達は苦笑いを浮かべながら慌ただしく家を出て行った。
―――END―――
作品名:※これはストーカーではありません! 作家名:王里空子