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1

大福雪美(だいふくゆきみ)。ごくごく普通の高校一年生。

それは、ある日の夕方のことだった。
雪美は学校を出るなり、猛ダッシュで自宅アパートに帰宅した。
六時から、毎週欠かさず観ているテレビ番組が始まるからだ。
雪美の家のテレビは録画機能がなく、ブルーレイレコーダーも持っていないため、見たい番組はリアルタイムで見るしかないのである。

「ただいまー!」

雪美は六時ジャストに帰宅し、玄関にカバンをぶんなげて居間に直行した。
テレビの前には光浩(みつひろ)がいた。寝転がって野球中継を見ながらぶつぶつ独り言を言っている。
ちなみに光浩は雪美の母の内縁の夫である。雪美とは一滴も血が繋がっていない。

雪美は光浩に、観たい番組があるからチャンネルを替えてほしいと頼んだ。しかし光浩から返事はない。
雪美はもう一度言った。

「ねぇ、みっくん。“とっとこハムのすけ”見せて!」

光浩はギロリと雪美を睨んだ。そして、「やだ」と短く答えた。
雪美は子供のように大声で泣き喚いた。
そんな雪美を、光浩はきつく叱りつけた。

「泣くな!何が“とっとこハムのすけ”だ!高一にもなって幼児番組なんか見てんじゃねーよ!このガキ!」

雪美は益々大泣きした。

「光浩さん、大人げないわよ」

母、綾子が台所から出てきて彼を嗜めた。

「お願いだから見せてやって。雪美の生き甲斐なのよ、あのアニメ」

「ケッ!」

光浩は渋々チャンネルを替えてくれた。

しかしちょうどその時、雪美のポケットで携帯がなった。同じクラスの親友、葵からの着信だった。

「もしもし」

雪美はその場で電話に出た。

『あ、もしもし雪美?』

受話口から、元気のない葵の声が聞こえた。

「どうしたの?」

『あのね、ちょっと深刻な悩みがあるんだ。実はさんちゃんが浮気してるかもしれないの。しかも年上の女』

葵は悔しそうにそう話した。
ちなみに“さんちゃん”とは、二つ年上の葵のカレシである。いつも無表情でぼさっとしており、あまり浮気をしそうなタイプには見えない。

「ええ?あのさんちゃんが?」

雪美は驚いて目を見張った。

「何かの間違いじゃない?」

『ううん、本当だよ。ちゃんと目撃情報もあるし』

「ふ〜ん…あ!そうだ!いいこと思いついた!」

『えっ、何?』

雪美は思いついた提案をさっそく話してきかせた。



2

次の日の土曜日。雪美は学校の玄関前でさんちゃんが出てくるのを待っていた。
今日は土曜日で学校は休みだが、成績がイマイチなさんちゃんは学校で補習授業を受けているらしい。

正午頃、さんちゃんが玄関から姿を現した。
雪美は少し離れてその後を追った。

さんちゃんは校舎裏の駐輪場へ向かい、自転車に乗ってすいすいと行ってしまった。

「ど…どうしよう」

徒歩で学校に来た雪美はすっかり途方に暮れてしまった。

「タクシー呼んでる時間はないし…」

悩んだ挙句、駐輪場にある鍵の掛かっていない自転車をちょっと拝借することにした。

雪美はひたすらさんちゃんを尾行した。人通りの多い道だからか、さんちゃんは尾行されていることにまったく気付いてないようだ。

突然さんちゃんがブレーキをかけ、左の道へ曲がった。少し離れて、雪美はその後を追った。
さんちゃんは突き当たりの本屋に入って行った。
どうやら勉強に使う参考書を見ているらしい。

さんちゃんが中々参考書の棚の前から離れないため、雪美はいったん本屋を出て隣りの洋服屋に入って行った。

「あっ!この服可愛い!千円とか安!金持ってくればよかったな〜」

十分ほどで店を出て、再び本屋に戻ってきた。

「あ!しまった!」

雪美は大声をあげた。参考書の棚の前にいたはずのさんちゃんが、いつの間にかいなくなっていたのである。

「くそ〜こんなことなら洋服屋に行かずにそのまま待ってればよかった〜」

取りあえず、その辺にさんちゃんの姿が見えないかどうか探してみることにした。しかし、それらしき人物はどこにも見当たらなかった。

と、その時だった。

「雪美?」と、誰かが後ろから話しかけてきたのである。
振り返ると、よく見知っている顔がそこにあった。

同じクラスの岩田晴子(いわたはるこ)だった。買い物帰りなのか、長ネギの刺さったレジ袋を提げている。

「こんなところで何してるの?葵ちゃんと一緒?」

「ううん、一人だよ」

「珍しいわね。あなたが一人で行動するなんて」

「うん、今日はちょっとした任務があって」

「任務?」

雪美は簡潔にわけを話した。

「ふーん、大変そうね。で、その男の子は今どこに?」

聞かれて雪美はハッとした。

「そうだ、見失っちゃったんだった!探さなきゃ!」

「私も手伝ってあげる。さんちゃんて人の特徴教えて」

「えーと、やせてて背が高くて、天然パーマで、色黒で、眼鏡を掛けてる人」

雪美が説明を終えると晴子はサッとどこかへ走っていき、1分後にまた戻ってきた。

「見つけたわ、あの人でしょ」

そう言って、レジに並んでいる一人の少年を指差した。それは紛れもなくさんちゃんだった。

「へぇ〜!晴子って人探すの上手いね」

「私の唯一の特技なの。でもこの特技のせいで、ウォー○ーを探す本とかあんまし楽しめないのよね」

「へ…へぇ〜」

「あ、彼店を出るわよ。行きましょ」

雪美は慌てて店を出た。
さんちゃんはすぐさま自転車にまたがってどこかへ行ってしまった。
一方、雪美は自分の停めた自転車がどれだかわからなくなり、かなり焦っていた。

「ちょっと、何してんのよ」

いらだたしげに晴子が言った。

「私の…じゃないけど、とめた自転車がどれだかわからないんだよ〜」

半泣きで雪美は言った。

「んもー!しょうがないわね」

晴子は自分の乗ってきた自転車にまたがり、後ろに乗るよう雪美に指示した。

「ありがとう、晴子!」

晴子が全力で自転車をこいでくれたおかげで、なんとか無事にさんちゃんに追いつくことができた。





3


さんちゃんは自宅とはまったく違う方向へ進んで行った。
雪美達はひたすらその後を追いつづけた。

「さんちゃん、まだ尾行されてることに気付かないのかな?」

雪美はぼそりとつぶやいた。

「どんだけ鈍感なのかしら」と、晴子も若干呆れぎみだった。

 後を追い始めておよそ三十分が経過した。

「さんちゃん、一体どこに向かってるんだろう。そろそろお尻痛くなってきたよ〜」

耐えかねて雪美が愚痴をこぼした。

「あんたはまだ座ってるだけだからいいでしょ。私なんてずっとペダル漕いでるのよ」

晴子が口を尖らせる。

ちょっと気まずくなったところで、ちょうどタイミングよくさんちゃんが自転車を降りて歩き始めた。
その前方にある古びた看板には、『この先、沢々森(ざわざわもり)』と書いてあり、そのさらに向こうには鬱蒼とした森林が広がっている。
おそらくさんちゃんは沢々森に向かっているのであろう。

「さ、私達も行きましょ」

さんちゃんが森へ入って行くのを見届けてから、雪美達も自転車を降りて森の入り口へと向かった。

が、雪美はちょっと不安になって立ち止まった。