慈雨と甘雨 4
「うみ、というものを探しにきたのです。僕のその…むらにはうみというものがなかったので」
「うみ 知っている 塩の味 する ここから遠い」
そういうと右手を前にだし、何かをつかむような形にし、しばらく動かずにいた。数秒後、その手の中に突然丸めた紙がでてきた。一瞬の出来事であった。
「それも…カガクなんですか」
「そう これ 地図 うみ この辺」
そういって丸まった紙切れを伸ばし、端の青いところを指差した。
「50日 かかる ここから」
そう言うとおうは地図を畳み、また同じ腕の形を作り、その地図をカガクの力で消したのだった。
おうが部屋を出ると、次男蟻に干渉してくるおうは一匹もあらわれなかった。地図のおうのあとにもこの部屋に入ってくるおうがいたが、そのどれもが珍しい来客を一目見ようとちらりと一瞥するだけだった。
そういうおうたちの中に何度もみる顔がいた。他のおうより少し大きな体をし、目のあたりがほんの少し青いおうだった。見た目はほとんど同じだったおうを見分けられるまでこのむら、に慣れたということなのだろうか。
それでもまだ、そばに浮遊する球体や自由に出しいれできる地図などのカガクにはどうも慣れないようで普通の草の風景のなかに浮いて見えてしまう。次男蟻は新知との出会いに対応する力が大きく欠如していたようで、おそらくだが、このカガクというものを扱うことはできないだろう。それ以前に新知を受け入れる受け皿を自分で作ることができない。
前もって誰かが本にして、それを二、三回読み、適度にそれに接していれば次男蟻はその博識ぶりから自由にカガクを使えるだろう。そういうつまらない蟻だということがひしひしと浮かんでくる。
浮かぶ球体の中に次男蟻の姿が映りこむと、自分の顔を見ながら、おまえはうみをどうにかできるのかと自問した。答えは返ってこない。
外はまだ暗く、瞼の重さから、次男蟻は眠気に襲われていたことに気が付いた。黄色い服を着たおうが持ってきた食事を食べ、用意されていた布団に座ると急激に加速した睡魔が体を支配し、そのまま不自然な体勢のまま眠りについた。
夢の中でカガクが無数に現れ、次男蟻はその出現に全くなれず、夢を見ているのにどうもうまく眠れていないような感覚を夢の体で感じていた。