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慈雨と甘雨 2

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長男蟻はとうとう赤い花のかなり近くまできた。枯れ葉集めを終えた瞬間にいつも考えていたこの世界の外側について突然強く探求心が働いた。赤い花には近づいてはいけないよ。この言葉を聞いたときから、彼の食欲は探求欲にかわった。それまで読んだことのなかった本というものにも手を伸ばした。おかしなことに、この家がある池の周り以外の情報は一切記載されていなかった。このことを他の蟻に話もしたが、外は天敵だらけで危ないんだぞ、そういうことを知ろうとすること自体、馬鹿のやることだとだれも外の世界について語ろうとはしない。それをかなり不思議に、そして不快に思った。中には外の世界を無意識的に排除しているものまでいた。思考すら否定され、思考するものを排除する、そういう大いなる法則がこの家には見えないが、確かに存在していた。
 子供蟻の中で一番博識な次男蟻にも聞こうかとも考えたが、彼が自分の思考を否定し、こういう思考をする輩を排除する奴らの仲間だとすると、一番の博識の下にはそれ以下の思考をする奴らしかいないと暗に証明される気がして、なんとか自分の思考に賛同する者の存在がほしかった長男蟻は次男蟻にだけは聞こうとはしなかった。
 思えば、この家の蟻たちにはそういうところがあった。空を見ることさえ馬鹿にされた。見えないだけで確かにあったのだ。
 そういうわけで、大人蟻の仕事を任されるようになってから、長男蟻は外の世界について考えるようになった。他のどんな事象も頭に深く入らず、表面で処理し、頭の奥底ではただただ、外の世界について考えた。また、空についても考えた。空を飛ぶことは羽を持たない蟻にとって物理的に不可能だが、それに近いことはできるのではないか。例えば高い木から飛び降りるだとか。
 深く考えすぎると、時間はあっという間に過ぎ、もう冬だ。冬迎祭が始まる。周りからどうして急に真面目になったんだと不審がられていることは知っているが、別に真面目に取り組んでいる気はない。ただ、仕事について深く考えずただ受け身に行動しているだけだった。
 枯れ葉集めを任されるようになって、一人で外との境界に近づくようになって、外への探求心はさらに強くなった。群れとなって咲き誇る綺麗な赤い花には毒がある。本当にそうか。もしかしたら過去の何らかの出来事から外への渡航を禁じるために誰かが勝手に作った話かもしれない。
 その偽証を見破るため、十日前、子供蟻たちとの散歩のときにこっそり友達になった芋虫に赤い花まで行ってほしいと頼んでみた。芋虫は何の疑いもなく、赤い花に向かっていった。
赤い花に触れ、その美しさと、花から漂う甘い香りについて感想を言うと芋虫は動かなくなった。その毒は即効性のあるものであった。
 なぜ、友人の芋虫にそういう惨いことを頼んだのか、いまだに後悔しているのだが、彼の死は長男蟻にとってそこまで堪えるものではなかった。彼の静止の瞬間は確かに焦り、自分を罵ったが、その晩には何も感じなくなっていた。芋虫の死さえも頭の表面で流すほど、長男蟻にとって外の世界への探求心は強いものであったということなのだろう。
 探求心に逆らわず、長男蟻は外の世界の痕跡を探すため、六日前、長男蟻は珍しく本棚に向かった。その時偶然居合わせた次男蟻は驚いた様子を見せていたが、先述の通り、次男蟻との接触を避けるように本を探した。(あとで話すがとある蟻と話すことで次男蟻を避けた)短い時間であったが、ここには外についての本は一切ないということが分かった。読まずともわかったのは、本棚からあふれ出るこの家の思考からであった。
 そういうわけで、ますます興味がわいてきた。どこにも載っていない未知の世界が目の前にあるのだ。なぜ、他の蟻たちは興味を抱かないのか、長男蟻はそこを考えるようになったが、すぐに無駄な行為だと気づき、外へ向かう手段を探すことに専念した。
 幸いにも、大人蟻の仕事で赤い花に近づくことができた彼はすぐに抜け穴はないか周囲を探した。彼が一度枯れ葉集めに出てすぐには帰ってこなかったのはこのためであった。そしてついに昨日、彼はその抜け穴を見つけたのだった。


長男蟻は赤い花の群れのすぐそばで立ち止まり、何かを探していた。そこから少し離れた小岩に隠れた次男蟻は彼の行動をますます不審に思った。枯れ葉集めはもう終わったはずで、あとは帰って朝食を食べるだけなのだ。それなのに、彼はここに留まり、何かを探している。登ってきた太陽が長男蟻のいる付近を丸く、明るく照らすと、赤い花に付着していた自身より大きいであろう朝露が綺麗に反射した。視界に映る景色は見事なもので、家に飾ってあるどんな絵画よりも美しかった。そこにシミのように一点だけある黒に気づく者は次男蟻だけだろう。
 少しして、長男蟻は動きを止め、上を見上げた。太陽や空ではなく、赤い花を見上げているようであった。そうして一度後ろを振り返った!次男蟻はすぐさま身を隠した。冷たくなっている小岩の硬い感触が伝わってくる。気づくはずもないが息も止め、自身の存在をなるべく薄くさせることに努めた。小岩に同化しかけたころ、息が持たなくなりやむなく呼吸を再開した。乱暴になる呼吸を続け、恐る恐る長男蟻の方を見ると彼はすでにそこにいなかった。

すぐさま辺りを見回した。長男蟻が自分の存在に気づき、そばまでやってきているのかもしれないと思ったからだ。しかし、長男蟻の姿は見えず、小岩から身を出してくまなく景色に映る黒い点を探したが、どこにも無く、いっぱいに詰められた籠だけが家の方角のところにぽつんとあった。

 彼はどこに行ったのか。次男蟻は頭を使い考えたが、彼のいい加減で、気まぐれな行動を想像するのは不可能であることを思い出した。ここ数日の彼の勤勉な行動からほんの少し思考が変化していたことに気づき、これまでどおりの飛躍した思考を頼りに彼の行動を想像した。
 一つ思いついたのは、彼は実は元々そこにおらず、自分が見ていたのは何か空想的なものであるということであったが、それは残された籠が違うと証明した。途端に彼が残した籠がどうもおかしなものに思えてきた。持ち帰るはずの籠を残して彼はどこへ行ったのか。

 思考をするにも、朝食を食べていないせいか、頭が働かず、一度、家に戻ることにした。その前にと、彼が最後現れた赤い花に近づいた。毒に侵されないよう慎重にすすむ。進むたびに大きくなる赤い花を見上げるとその向こうに見える青い空が気になった。彼が以前いった言葉が頭に響くにつれ、次男蟻はただただ彼のおかしな思考回路を模倣しようと努めた。それが彼の行方を追う上で重要だと考えたからであった。例えば先ほどまで身を隠していた小岩を感覚的にとらえようとしたが、それは不可能で小岩は小岩でしかなかった。次男蟻には不可能な思考であった。
 赤い花は確かに美しかった。子供蟻が初めて散歩に出かける前、きつく赤い花には近づくなと言われた意味がようやく分かった。これほど綺麗ならば未発達な感性を持つ子供蟻の大半は引き寄せられるだろう。次男蟻が例外なだけだった。
作品名:慈雨と甘雨 2 作家名:晴(ハル)