小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

記念写真

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

「ばあちゃん、あの部屋行ってる?」
「どの部屋だ」
「じいちゃんの作業部屋だよ」
 祖母は少しうつむいて、行ってねえなあ、とつぶやきました。
「散らかってて大変だよ、片付けなきゃ」
「ああ」
 祖母は曖昧な返事をするだけでした。
「来て、来て」
 私は祖母を手招きしました。
「なんでだ」
 祖母は嫌そうな顔をしましたが、いいから、と言って二階に連れて行きました。足腰の悪い祖母は、ゆっくりゆっくりと、一段一段踏みしめるように階段を昇って行きます。
「そこ立って」
 私は祖父の作業椅子の横を指さしました。祖母はため息をつきながらもそこに立ちましたが、どことなく視線の定まらない様子です。

「ばあちゃん、こっち向いて」

私は祖父の部屋と祖母の写真を撮りました。

……

 十一時くらいにまたレストランに行って改めて別れの挨拶をした後、帰りの駅まで父に車で送ってもらいました。祖母も駅まで見送りについてきました。
「なんだよ、辛気臭い顔して。会おうと思えばいつでも会えるんだから」
 祖母に笑いながらそう言って、はっとしました。祖父が死ぬ前、私は祖父に会いに行けませんでした。電話すらしませんでした。
 恥ずかしくなって、別れの挨拶もロクにせずに、電車に乗ってしまいました。

 まあ、しょうがなかったのでしょう。具合があまり良くないとは聞いていましたが、そこまで急性のものとは父も予想はしていなかったようで、すっかり安心しきっていましたので。今更後悔しても仕方がないと割り切ったつもりでいましたが、ずっとそのことが頭にこびりついて離れないのです。新幹線の中でも、自分に言い聞かせながら、祖母の顔を思い浮かべていました。
「もしもし、ばあちゃん? 東京ついたよ。うん、あの写真送るよ」
 祖母はまた「ああ」と短く返事をして、いつでも帰ってこい、と言いました。私は他愛のない話をしばらく続けましたが、そのことだけはどうしても言えなかったのです。

 私は仕事に向かうためカメラを片手に急いでいました。重くのしかかる灰色の空の下で、中身に綿でも詰まっているのではないかと思うほど大きなビルを横目に、交差点で信号待ちをしています。向かい側には、犬を連れた人がいます。レストランの奥さんと同じような格好で、犬を散歩しています。今日の夕方には妹も父も母も東京に帰ってきて、祖母はまた独りになるでしょう。巨大なトラックがあらゆるものを巻き上げるようにして通り過ぎて行きます。風とともに街路樹が揺れ、ザーザーと鈍い音を振りまいています。私は何度もつぶやいています。会えなくてごめん、本当にごめん。ありがとう。ばあちゃん、またすぐに会いに行くよ。ありがとう。

 メモリーカードには、コロとレストランの奥さんと旦那さん、懐かしい田んぼと畑、そして祖父と祖母の写真が入っています。きっとまたこのカメラを持って、次の季節を迎えに行くのでしょう。一瞬だけ風が止んで静かになった交差点を、ゆっくりと歩き始めました。
作品名:記念写真 作家名:山川