ミチシルベ
20ミチシルベ
生きている者は、たとえどんなに辛かろうが行き続けなければならない。それがこの世に生を受けたものの使命だ。
そこは人が入るべきでないところだ。
20年前のあの時、エベレストのシーズンは終盤だった。自分より後のパーティはいなかった、というより現地での調整が予定通りにいかず無理をおして最後の最後で出発したためだ。今となっては残った結果も影響してそれが見切り発車だったと叩かれるが岸場はそれを否定しないしその資格もないと思っている。
彼女は今もミチシルベとしてあの世界に入ってきた者に正しき道を教えている。あの時と同じ姿のまま、そしてこれからも。
それが正しいとか、残酷なことだとは思わない。彼女は死してもなお自らの姿を晒して自分の役割を果たしている。
あそこは「beyond」つまりあちらの世界だ。そこへ行くには相当の覚悟が必要なのだ。生きて帰ってこれる補償などどこにも、ない。それでも、この世に生まれて来た以上は挑戦するという、人間に与えられた感情を放棄するべきではないと思う。
人は極限に挑み続けることで、その志半ばで倒れた者たちが浮かばれ、そしてその世界で行き続けることができる――。
そして、彼女も生きた。「現世」では力の限り生きた。
彼女が教える道は、あの世界の道だけではない。
生きる道なのだ。
岸場は事務所に貼った頂上の写真に黙祷をし、仕事に出掛けた――。
* * *
「さあ、皆さん。カラダは大丈夫ですか?少しでも具合が悪い方はここで留まってください」
まだ夜が開ける前の富士山、八号目の山小屋、午前2時。今日の岸場と松沼は地元から連れてきた中学生の登山者のガイドをつとめている。一行は富士山の山頂を目指している途中だ。
「頂上に着けば雲は抜けて晴れると思います。そしたらご来光が見えます。皆さんがんばってくださいね、あともう少しですから」
岸場は暗い中ストックを真っ暗な上空の雲、そしてその向こうにある頂上を差し示した。そこには生きるという力がみなぎっていて、生きている限り忘れないで欲しいものがそこにある。
岸場たちはヘッドライトを点けて前を向き、暗い山道を上に向けて歩き始めた――。
ミチシルベ おわり