あるフランス人の男
Sは台詞を間違えることなく完璧に歌ってみせた。
カラオケルームでSが遠い存在に感じた。
以前にSが、珍しく真剣そうな表情で
「実は自分はIQが160あるんだ。2つのテストで同じ結果が出た。」
と話していたことを思い出した。
英語に関しては私も勉強を沢山してきた訳であるが、Sの語学の才能にはずば抜けたものがあった。
それから私は笑うことが少なくなっていった。
生活のストレスが大きくなったと同時に、Sが内心で私を小馬鹿にしていることが分かり、いよいよ私は暗くなった。
自分には取り柄がないと悩みを打ち明けるとSはこう言って慰めてくれた。
「いやあ、大丈夫だよ、T君。T君はちょっと子供っぽいところがあるけど、勉強は頑張るじゃん。」
「それにT君は、日本だとちょっとあれだけど、フランスに来ればそんなに変人という訳ではないよ。」
異国の地では変人ではないという言葉を聞き、私は少し元気になった。
5章
大学を卒業するとき、Sと私はバーにお酒を飲みに出かけた。
頑固そうなマスターがシェーカーを振るそのバーで、2杯ほどスコッチやらウイスキーやらを飲み、それだけで私たちはすでに酔っ払っていた。
当てもなく繁華街を歩いていると、ふと風俗の案内所があることに気がついた。
強い蛍光で光っている。
なんとなく私たちはキャバクラに行ってみようという話になり、案内所に足を踏み入れた。
(フランスにはそういった商業的な店舗がないか、あってもムーランルージュなど限られているため、Sが女の子のいるお店に行くのも初めてであったようだ。)
店と女の子の写真が一面に貼ってある店内には、胡散臭そうなおじさんが立っており、Sを見るなりいきなりこう言った。
「外人さんはお断りだよ。」
普段、滅多に怒らないSが怒った。
「なんでダメなんだよ。」
「そういう風に上から言われてるから。」
私はぼーっとその光景を眺めていた。
Sもすぐに店からでてきたが尚も怒っていた。
「「外人だから」とかそういうのが日本の変なところだよ。」
私はSがなぜ怒っているのか分からなかった。
「まあまあ。いいんじゃない。」
しばらくするとSは気を取り直してこう言った。
「まあ、その辺にあるキャバクラに行ってみるか!」
繁華街の奥まった場所に、私たちは「ラブピンキー」といういかにも胡散臭い店を発見し、入店した。
酔っ払っているせいか全く緊張しなかった。
私たちは同じテーブルの相席で女の子が2人ついた。
「みさきです。」
「るなです。」
どちらがどちらだったか、1人は金髪の派手な子でもう1人は黒髪の子だった。
他愛もない話をしたが、内容はよく覚えていない。
Sは人と話すときはなぜかひどく謙虚な態度を取る。
大学の学生とは話を避けたいからか慇懃な返事でやり過ごしていた。
そのときもあまり楽しい話にはならなかったと思う。
なぜか不思議であった。
時間になり、支払い口でウェイターに5000円支払おうとすると、Sは「いいから」と言って自分の分まで支払ってくれた。
駅への帰り道を歩いていると今度は私がぐるぐると酔っ払っていた。
ひどい呼吸困難がしてきて歩くことができなくなり、Sに助けを求めた。
ぐるんぐるん景色が回り、私はその場に倒れた。
Sが私を引っ張りあげてくれる視界がぼんやりとあった。