思い出は彼方へ
コンクリの床の上には何もなくなっていた。
人様の家だからいつの間にか空になったって勝手じゃないか。
そうは思っていても、自分のものが盗まれたような感覚があった。
小汚いガレージ、駄菓子屋。
駄菓子屋だったんだ。
小学生の頃は何度も通った。
当時のことが果たして現実だったのかわからなくなった。
「あら、君、よくきてた子ねえ」
横から声をかけられた。
「おばちゃん」
不思議な気分だった。
おばちゃん。
買い物袋を持った中年女性を今こうして見ても、あの頃の「おばちゃん」らしさは微塵もなかった。
おばちゃんはあの駄菓子屋のなかでしか「おばちゃん」ではないのだ。
それがたまらなく悲しかった。
もう「おばちゃん」じゃない見知らぬ中年女性はコウに向けて微笑んだ。
「よかったら上がってきんさい。お菓子あるわよ」
「いい!」
コウは自転車にまたがると力一杯漕いで、その場を後にした。
家に帰ってベッドに横たわって暗い天井を見つめる。
ゴロリと寝返り。
もう二度と戻ってこないもの。
友達と取り合った景品。美味しくないガム。トイレの芳香剤と似た炭酸飲料の香り。
「大人になるってこういうことなんだな」
一人、思った。