mail and letter from
……しょうがない、メールで返事をしよう。電話だと会話の途切れた間とか、泣かれてしまったりすると対応がしにくい。万一メアドが不本意に広まってしまったらその時は変更して、必要な相手にあらためて教えればいい。
何をするか決めると少し気分が軽くなった。起き上がり、手紙を見直してアドレスをチェックし、メールソフトの新規画面で宛先に打ち込む。間違えて送信しないように注意して下書き保存を行い、いったん閉じる。
こういうことをやるのも久しぶりだな、と思う。中学の頃は、もらった手紙に返事しないこともあったが、高校の時はいちおう一通一通に答えを返していた。中学時代に比べれば手紙が少なめだったのと、当時から今に至るまで付き合っている、倉田都(くらたみやこ)の方針である。きっちり釘を刺しておく目的だと当人は言っていた。
彼女だったらどうするだろうか、と連想的に考える。完全に自分任せにするのか返事をさせるのか。後者だとしても都みたいに威圧的には言わず、おそらくは相手のことを気遣って心配そうに言うだろう。
それにしても。
今日初めて、片思いという状態のつらさがわかった気がする。好きなのに相手には通じていなくて、時々その状態がとても苦しくなる。伝えたいという衝動が抑え難くなる。それがわかるから、今日の手紙の主に対しては、なるべく言葉を選びたい。機械的に返事を書いていた高校の頃には考えなかったことだ。
いくらかは、彼女の知り合いだからという点も作用しているが。彼女が自分に失望するような言動は、ほんの少しであってもしたくない、しないように気をつけたいと思う。
自分の、彼女に対する思いが、自覚した頃よりも強まっているのを感じずにはいられない。だが彼女にも自分にも今は付き合う相手がいる。単なる片思いよりもがんじがらめだ。伝える自由のない片思いは、伝えられる場合よりも、もっと苦しい。
ーー待てよ、とふと思った。
そもそも自分は片思いをしたことがあっただろうか。なかったと思う。小学生の頃は根本的に、恋愛に興味がなかった。中学に入ってから急に女子から手紙やらもらうようになり、可愛いと思った何人かの女子とは付き合ったが、その中の誰も好きにはなれず長続きしなかった。
そんなことを繰り返すのに嫌気がさした後は、都と付き合うまで誰にも好意を持つことはなかったし……都との交際にしても、あっちからの告白である。会話の中で都に「好きだ」と言うことはあったが半分は冗談まじりで、都への好意は友人以上恋人未満レベルで止まっていた気がする。彼女を好きな今はなおさらそう思うーーということは。
片思いどころか、女子を本気で好きになるのも、今が初めてになるのだろうか。つまり、今が初恋?
「……マジか」
あっけに取られてつぶやいた途端、必要以上に自覚が高まって、強烈に照れくさくなった。
この年で初恋だなんて、凄まじく恥ずかしい。
いつか漫画で見た、恥ずかしすぎてベッドの上で転がるというのをリアルにやってしまうくらい、超絶にハズい。
けれど、数時間前に見た彼女の笑顔を思い出すと、複雑な思いがゼロではないにせよ落ち着く。今日の彼女は白いブラウスの上に七分丈のデニムジャケット、淡い黄色のスカートを着ていた。おとなしすぎると言えばその通りな格好だったけど、彼女の性質には合っている。まあどれだけ地味でも仮に派手でも、結局は可愛いと思ってしまうのだが。
ーーいいかげん、都との関係をどうにかしなければいけない。
彼女への想いに気づいて半年ほど。その間も、何も言わずに都と付き合い続けているが、そろそろ限界に近い気がする。
高校卒業前後から、あからさまにキス以上を求める時が増えた都に対し、自分は何かとはぐらかしているのだ。大学が別になり、互いにサークルと部活が忙しいためにせいぜい月に2回しか会わない現状でも、いやだからこそなのか、都が自分の態度を不審に思っているのは如実にわかる。ごまかすのも本当に限界だろう。
……だが、別れたい理由を正直に話せば、確実に面倒な展開になりそうでもある。振られるという点だけでもプライドの高い都は腹立たしく思うだろうし、高校時代にある意味で見下していた「槇原さん」が関わっていると知れば、なおさら我慢ならないはずだ。
彼女に対して、何か不愉快な真似をしないとも限らない。それを思うと言うのをためらってしまう。言い出す気になれない最大の理由は、別れたところで彼女に告白できるわけではないからなのだが……
わかっている。告白された時に都合が良かろうと彼女に想いを伝えられない反動であろうと、都との今の関係を隠れ蓑に使うべきではないことは。それでも、今この時はもう、考え続けたくなかった。
たぶん今日一番大きなため息とともに、憂鬱な思いをいったん全部吐き出す。
とりあえずは「役目」を果たしてしまおう、と先ほど保存した下書きメールを開く。二度と使うことはないメアドをあらためて確認し、本文を「はじめまして」から打ち始めた。極力、簡潔でも素っ気なくなりすぎないよう、言葉に配慮しながら。
- 終 -
作品名:mail and letter from 作家名:まつやちかこ