われら男だ、飛び出せ! おっさん (第ニ部)
4.ラーメンスタジアム!
『ラーメンスタジアム横浜』当日、各店舗に割り当てられたテントでは準備に大わらわ。
しかし、元々屋台の『中華そばや』はいつもどおりに手早く準備が出来てしまう。
「全国大会への第一歩だな」
「おう!」
「頑張ろうぜ」
赤い前掛けの三人は拳をつき合わせた。
午前十一時、横浜らしく銅鑼が打ち鳴らされ、ラーメンスタジアムの開幕だ!
「いらっしゃーい! いらっしゃーい! 『中華そばや』でーす、あっさりしょうゆ味、桜の花入りのラーメンいかがですかー!」
剣道で鍛えた麻里の声はどの店の呼び込みよりも大きく響き渡る。
「あら、横浜駅の近くで屋台出してらっしゃる……」
「はい、そうです」
「一度頂いて、また食べたいなぁと思っていたんですよ、一杯いただける? あ、主人の分と合わせて二杯」
「はい、二丁お願いします」
老夫婦に和歌子の丁寧で物静かな対応がフィットする。
「桜の花入りってどういうこと?」
「魚のすり身を花型に抜いてあるんですよ~」
「へぇ、春っぽいね、一杯貰おうかな」
「俺も」
若い男性には梨絵の華やかな笑顔が効果抜群だ。
もちろんウエイトレスのおかげばかりではない、リピート率の高い『中華そばや』のこと、順調に空き容器の数を伸ばして行く。
ダンピングを防ぐためにハーフラーメン一杯の価格は200円と決められている。
最も半分は運営費に取られるからはっきり言って赤字だが、そこは名誉と全国大会には代えられない。
時間は十一時に始まり、十五時までの四時間。
十四時を過ぎてトップを争うのは、『中華そばや』と、地元関内の横浜家系ラーメンの新星、まだ三十代になったばかりの若い店主が仕切る『一角堂』。
横浜家系とは、こってりしたとんこつスープに多加水太麺を合わせたラーメン。
『一角堂』はこってりを通り越してとろりと濃厚なスープに極太麺を合わせ、柔らかく煮込んだ厚切りのチャーシューが人気の、インパクトの強いガッツリ系ラーメンの店だ。
残り一時間となって『一角堂』は勝負に出た。
一枚入りだったチャーシューを二枚にして呼び込みを強化する。
「どうだ?」
「ちょっとだがリードされてるな」
「何かこっちも手を打つか?」
「いや、バランスは崩したくないな、それに具も余計に用意して来てないだろ? 秀俊」
「まあ、確かにそうだが、手がないわけでもないぜ」
秀俊が新しいタッパーを開ける。
「それだ!」
秀俊が出したのは小さな丸に抜いたすり身。
具の桜の花には真ん中に小さな穴を開けてある、その本来なら捨ててしまう小さな円形のすり身、これならばバランスを崩すほどではない。
そしてそれをラーメンの上に散らすと花吹雪のよう……。
「ラーメンに花吹雪が舞いました! 花吹雪ラーメン、いかがですかー!」
「チャーシュー二枚! がっつりとんこつラーメンいかがですか!」
二軒の店はラストスパートでしのぎを削る。
「ジャーン!」
十五時、終了の銅鑼が鳴り響いた。
ラーメンの提供は終了、来場者が今食べているラーメンを食べ終えた時に勝敗は決する。
早くも集計が始まり、一組の老夫婦を残して、『一角堂』三百五十六杯、『中華そばや』三百五十五杯……。
「ご馳走様、とても美味しかったわ」
老夫婦が容器を積み上げたのは……『中華そばや』!
一杯差の逆転サヨナラ勝利だ!
「「「ありがとうございました!」」」
三人が老夫婦に頭を下げると、その後ろには『一角堂』の店主が……。
「優勝おめでとうございます」
「ありがとう、でもいい勝負だったね」
「とんでもない、実力的にはあなた方がはっきり上です、ウチの店はすぐ近く、常連さんも数多くこの催しにみえていましたし、チャーシュー二枚の勝負に出られたのも店が近いからです、地元ですからなんとしても勝ちたかったのはやまやまでしたが、結果は完敗です」
「いや、あっさり対こってり、どちらが勝っているとかいないとかではないよ、たまたま今回はこちらが勝った、勝負は時の運と言うじゃないか」
「謙虚なお言葉……私も一層精進します、いつかまた競い合えると良いですね」
「まったく」
二軒の店はがっちりと握手を交わした。
好敵手を得たことも嬉しいが、何はともあれ、これで『ラーメン甲子園』への切符を手に入れたのだ。
作品名:われら男だ、飛び出せ! おっさん (第ニ部) 作家名:ST