小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

われら男だ、飛び出せ! おっさん (第ニ部)

INDEX|14ページ/14ページ|

前のページ
 

10.激闘! ラーメン甲子園



 ラーメン甲子園の当日、喜多方は快晴の日曜日となった。
 10月の爽やかな秋空の下、それぞれの出場者はなれない出店の開店準備に大わらわ、しかし元々が屋台の『中華そばや』はいつもどおりに早々と準備を終えた。
「いよいよだな」
「ああ、夢の舞台だ」
「結果はどうあれ、悔いが残らないように全力を出し切ろう」
 三人は掌を重ねて健闘を誓う。

 この日に備えてラーメンの改良にも怠りはない。
 優作は麺棒を僅かに太くすることで、腰を失わずに喉越しを改善した。
 佳範は鰹節を吟味し直してより香りが立つスープを仕上げた。
 秀俊は煮汁を工夫して、よりスープに馴染むチャーシューを作り上げた。
 ラーメン行脚以来、この日を迎えるまでにも三人は一時たりとも立ち止まりはしなかったのだ。

 朝十時を過ぎた頃からは喜多方市役所のスピーカーがラーメン甲子園の開催をアナウンスし続け、快晴の天気も相まって開始前から市民が詰め掛け始める、さすがにラーメンに関して関心が高い土地柄だ。
 
「どうだ?」
「ああ、札幌の『はまなす』と佐野の『まる』はつけ麺を用意してる、他はデフォルトのラーメンで勝負するようだ」
「つけ麺か……」
 十時を過ぎた頃から気温は上がり始めている、日向にいれば上着はもういらないほどだ。
 つけ麺と言うのは一つの賭け、当日の気温次第だが勝負をかけてきたとも言える。
「『はまなす』は正統派札幌ラーメンだったな、確かに暖かいと苦しいかもしれない」
「『まる』はおそらく濃い目のスープを用意しているんだろう、麺に特徴があるからそれを前面に押し出す作戦だな」
 『中華そばや』にもつけ麺はあるが、夏向きにスープまで冷やしたつけ麺で十月の気候にはそぐわない、そしてつけ麺を選択しなかった理由はそれだけではない。
「他はどうあれ、真っ向勝負で行こうぜ!」
「「おう」」
 それが作戦会議での結論だったのだ。

 十一時、『会津磐梯山』のメロディが鳴り響き、いよいよラーメン甲子園の開幕だ。
 ルールはラーメンスタジアムと同じ、統一された発泡スチロールのどんぶりで供されるハーフラーメン、つけ麺の場合容器は二つになるが量は厳格に定められていて、一杯の価格も全店舗で二百円に統一されている、各店舗ともに陣容は調理担当三名にホール担当三名まで、『中華そばや』の調理担当はもちろん勇作、佳範、秀俊の三人、ホール担当はラーメンスタジアム同様、佳範の妻でしっとり系和風美人の和歌子、優作の娘でちゃきちゃき女流剣士の麻里、秀俊の娘で就職したての二十二歳、明るくチャーミングな笑顔の梨絵の三人だ。

 残暑とまでは行かないが、かなり気温が上がってきている中、スタートダッシュを見せたのはつけ麺で勝負をかけた『はまなす』と『まる』、そして地元の『小坊主』も堅調な出足を見せる。
 その後を追うのはあっさり系の『中華そばや』と『小次郎』。
 昼食には早く朝食には遅い時間帯、いわゆるブランチの客層、こってりとした『丸熊』、『もっこす』、『高雄』はやや苦戦の出だしだ。

 十二時、客層がブランチから昼食を求める向きに変わってくるとこってり系の三軒も勢いを得始めた、そして、午後一時、客層が完全に昼食客となってくると、つけ麺の二軒の勢いは翳り始めて八軒がほぼ横並びの混戦模様となって来た。

「楽しいな」
「ああ、ワクワクしっぱなしだよ」
「まったく」
 勇作、佳範、秀俊の三人はてんてこ舞いしながらも全国大会での真剣勝負を楽しんでいる。
 勝負の行方はまだまるで見えてこないが、少なくともここまでは全国から選りすぐられた実力者と互角に戦っているのだ。

「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」
「横浜の『中華そばや』ですよ」
「あっさり醤油の関東風、気合の一杯はいかがですか」
 ホール担当の女性三人もにこやかに呼び込み。嬉々としてラーメンを運ぶ。

 午後二時、午後三時……抜きつ抜かれつの展開が続いたが、麻里が会場をひとっ走り廻って戦況を報告して来た。

「『小坊主』が頭一つ抜け出してる感じよ、『丸熊』も伸びてきてピッタリとつけてる、それとここへきて『高雄』と『もっこす』が伸び始めたわ」
「そうか、気温か……」
 少し日が翳って気温が下がり始めるにつれて、スタートでは出遅れ気味だったこってり系が伸び始めたのだ、
「俺たちは?」
「『小次郎』と競り合って、今五番手から六番手よ」
「ちょっと苦しいか」
 勇作と佳範の笑顔が曇る、しかし、秀俊はニヤリと笑った。
「策はあるぜ」
「どういうことだ?」
「これだよ」
 秀俊が取り出したのは紅葉型にくり抜いたすり身、鮮やかな赤が輝いている。
「おお!」
「なるほど、だけど、秀俊、こんな秘策があるんなら何で最初から出さないんだよ」
「いやぁ、思いついたのが遅かったんで量を作れなかったんだ、後一時間だろう? 今からなら最後まで持つ」
「よし、そいつで勝負をかけて行こう」

「ラーメンに紅葉が舞いました」
「一足早い紅葉狩りはいかがですか?」
「五色沼の風情ですよ」

 呼び込みにも目玉が出来て活気を盛り返す。

「へぇ、紅葉の舞うラーメンか、いいな、それ」
「それに、このラーメンは美味いよ、喜多方とはまた違うな」
「ああ、同じあっさり醤油系でもインパクトがあるな」

 好評がさらに客を呼んでくれる、『中華そばや』の売り上げも伸び始めるが、先行する『小坊主』もチャーシューを増量して逃げ切りを狙い、追う『丸熊』も自慢のチャーシューを厚めに切って『小坊主』に追いすがる。
 ラスト一時間はデッドヒートとなった。

 会場に再び『会津磐梯山』のメロディが流れ、終了を告げるアナウンス。
 
「届かなかったか……」
 三人は腕組みをして喜びに湧く『小坊主』を眺めていた。
 結果は『小坊主』の優勝、二位に『丸熊』、『中華そばや』は三位となった。
 悔しさは当然ある、しかし打ちひしがれてはいない、最後は逃げ切られたが、最大の強敵と見た『小坊主』を追い詰めることが出来た、三人は全力を尽くした満足感を感じていた。
「さあ、お祝いを言ってこようじゃないか」
「そうだな」
「行こう」
 三人は『小坊主』へと祝福に向かった……。

「悪かったな、せっかくここまで応援に来てもらったのに結果が出せなくて」
 佳範が妻をねぎらう。
「いいえ、全国三位ですもの……それに、会社勤めの頃とは顔つきが全然違ってますわよ、精気に満ちていて……」
「和歌子さん、佳範さんに惚れ直したんじゃないんですか?」
 梨絵がまぜっかえすと和歌子は少し頬を染めた。
「お父さんもカッコ良かったよ、ホンワカしてるお父さんも好きだけど、今日のお父さんはビシッと決まってた」
「竹刀を振ってる姿もカッコいいけど、今じゃ麺棒の方が手に馴染んでるんじゃない?」
「おうよ、俺は今や師範代じゃなくて『中華そばや』だからな!」
「俺も」
「俺もだ」

 胸を張ってすっくと立つ男たちを、夕日が赤く染めていた。
 五十年前の校庭で、同じように夕日を浴びながらそれぞれが全国大会を目指すと誓い合った時のように。
 夕日は五十年前と少しも変わっていない、男たちが変わらずに夢を追うのと同じように。