小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

われら男だ、飛び出せ! おっさん (第ニ部)

INDEX|12ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 

9.いざ! ラーメン甲子園へ



「ところで、どうする?」
 ラーメン行脚最後の店『小坊主』を辞して、これから車を飛ばして横浜まで帰るわけだが、まだ日暮れまでには少し時間がある。
「是非見ておかないとな」
「決まりだな」
 それだけで三人の脳裏には同じ目的地が浮かぶ。
 それはラーメン甲子園の舞台となる喜多方市役所前の駐車場だ。

「ここか……」

 高校生の頃夢に見ていた全国大会、剣道でもラグビーでもサッカーでもないが、四十五年の歳月を飛び越して、その夢の舞台がここにある。
 全国のラーメンスタジアムを勝ち抜いた八軒が味を競う舞台なのだ。
 広い駐車場を取り囲むようにして八軒が並び、その輪の中には沢山の丸テーブルと椅子が準備されることになっている。
 三人はゆっくりとその舞台を歩く、駐車場には公園も隣接していて、そこにもラーメンの器を手にした人々が溢れるだろう……舞台として申し分ない。

「あのさ……俺、二人に感謝してるよ」
 秀俊がぽつりと言う。
「なんだ? 今更」
「いや、あの時居酒屋で優作が警察辞めるかもって言い出した時まで、俺は会社を辞めようなんてこれっぽっちも思ってなかった、会社での俺の役目はそろそろ終わりかなとは思っていたけど、定年まで居座って後は悠々自適って言うかさ、のんびりとした余生を過ごすんだろうと思ってたし、そこに別段疑問も抱いてなかったよ……それがあれから三年足らずで全国大会だからなぁ……あの時お前達について行って本当に良かったよ」
「悠々自適の生活でなくて良かったのか?」
「当たり前だ、定年の歳にまでなってからもう一度こんな風に血が騒ぐ日々がやって来るなんて最高じゃないか」
「あの頃……まだ自分が何者になれるのかもわかってなかったけど、何者にでもなれる気もしてたよな」
「ああ、だけどそれぞれ大学へ行って、就職して地道な人生を歩んで来たよな」
「だけどこの歳になって……」
「ああ、もう一度全国大会を夢見て、そしてその夢が叶ったんだよな」
「そうだな……俺も秀俊に感謝してるんだぜ」
「どうして?」
「やっぱり三人一緒でなくちゃここまで来れなかったと思うんだ、何の問題を抱えてなかったお前も飛び込んできてくれたおかげで、あの青春の日々が戻って来たんだ、やっぱりお前は俺が見込んだ通り『男』だったよ」
「優作が言うとおりだよ、高校の時からわかっていたよ、俺たちはそれぞれ良いところもあれば悪いところもある、だけどこの三人なら、三人が揃えばそれぞれの長所を生かして短所を補えるんだ、三人揃ってなけりゃここまでは来れなかったさ」
「ありがとう、つくづく良い友達を持ったと思うよ、俺の人生で一番の宝だ」
「おっと、それは梨絵ちゃんの前で言うんじゃないぜ」
「陽子さんの墓前でもな」
「ははは、それはお前達も一緒だろう? お互いに家族持ちだ」
「確かにな、だけどその家族も応援してくれるんだ、みどりに会社を辞めようと思うって話した時、お前達と一緒に何かを始めるというのならそれが何であれ大賛成だと言われたよ、やっぱり一番の宝だな……」
「俺も同じだ、警察を辞めるかもしれないと言い出したらびっくりはされたけどさ、お前達と一緒に何か始めるつもりだと言ったら応援すると言ってくれたよ」
「その家族の応援に応えるためにも頑張らないとな」


 喜多方からの帰りの車内。
「楽しかったな」
 いつもののんびりした口調で秀俊が言う。
「ああ、それに勉強になった」
 と優作、そして佳範が核心を切り出した。
「それで、どう思う? 俺たちのラーメンは互角に戦えると思うか?」
 車内にしばしの沈黙が流れる、しかしそれは重い沈黙ではなく、それぞれが自分の考えを整理している時間だった。
「『まる』の青竹打ちは興味深かったよ、腰と喉越しを両立させている点で素晴らしいアイデアだと思う」
 麺担当の優作が真っ先に沈黙を破った。
「優作は自分の麺が負けていると思うか?」
「喉越しの滑らかさでは一枚上手を行かれてると思う、だけど腰ならば俺の麺だと思う」
「俺もそう感じたよ」
 と佳範。
「自分のスープに合わせるならば、俺は『まる』の麺より優作の麺を選ぶよ」
「そうだよな、俺は『まる』のスープは少し物足りなく感じたよ、あっさり醤油と言う点では同じ系統のスープだと思うが、佳範のスープの方がコクを感じるんだ、豚骨のせいかな?」
「いや、『まる』でも豚骨は使ってると思うよ、ただ、利かせ方を隠し味程度にとどめているんだろう」
「豚骨の分量か?」
「いや、おそらく火加減だと思う、豚骨は煮立ててしまうと乳化が始まるからな、乳化させてしまうと独特のクセが出て来る、無論それがいけないわけじゃなくてさ、スタジアムで競った『一角堂』は豚骨を前面に打ち出したガッツリ系、その方向もあるんだ」
「だけど、それは俺たちのラーメンじゃない」
「ああ、俺は煮立てないように常に火加減に気を使っているが、『まる』ではもっと弱めの火加減なんだと思う」
「なるほどな……その上で佳範のスープには俺の麺か……嬉しいね、ところで佳範はどのスープに興味を惹かれた?」
「和歌山の『丸熊』と喜多方の『小坊主』だな、『丸熊』はスープの取り方が独特だったからな、豚骨を煮た醤油でチャーシューを煮るというのは興味深かったよ、ただ、完成度では『小坊主』だったな」
「ああ、それは俺も同意するよ」
「『まる』と同じで豚骨は控え目だが、その分煮干を強めにしてるから物足りなさはないな、香りの良さは特筆ものだと思う」
「香りか……ラーメン甲子園のような場では香りも重要かも知れないな」
「ああ、香りは味の一部でもあるしな、ただ、ラーメンとしては少し和風に寄り過ぎるきらいはあるんじゃないかな」
「やっぱりバランスか、佳範は自分のスープに自信を持ってるな」
「まぁ、好みもあるけどな、バランスの良さではどこにも負けないとは思ってるよ、だけど完成形だとも思ってないぜ、香りの良さ、後味のサッパリ感とか改良すべき点は残っていると思ってる」
「それは俺も同じだよ、腰の強い手打ち麺と言う点ではどこにも負けないと思ってるが、腰を失わずに喉越しも両立できれば尚良いからな……秀俊はどうだ? どこのラーメンが印象に残った?」
「具材の存在感という点では『高雄』の台湾ラーメンだな、具材とスープが一体化すると言うのは他に見ないしな、『小坊主』のチャーシューも印象的ではあったな、全体の印象からして薄くて大きいチャーシューを選択したのは正解だろうな、後は『丸熊』の彩りかな」
「彩りならお前のすり身団子も負けてないぜ」
「ああ、それが正解だったと確認できたよ、チャーシューも俺たちのラーメンならあそこまで薄くしては埋もれてしまうだろうな」
「やっぱりバランスだな」
「ああ」
「この旅行を通して、俺たちの方向性は間違っていないことが確認できたな」
「ああ、『小次郎』の時のような迷いはないよ」
「でも、それぞれ改良点も見つけたな……俺は腰を失わずに喉越しの良い麺を」
「俺は更に香りの良いスープを」
「俺は麺とスープになじみながら個性を主張できる具を」
「ラーメン甲子園までもうそれほど時間はないが……」