雨路
目の前の全てがこのまま溶けてしまえばいいと
本気で思って いた
「 おーい、萩谷。 」
希薄だった意識が、一瞬で濃縮される感覚。
自分の名前が呼ばれた、と認識して、 頭を上げた。
「 もう、放課後。 」
友人が立っている。
まだ少しぼぅっとしている中で、目をこすった。
「 ありがと。 寝てた。 」
「 見てりゃ分かるって。 」
だよねー、と笑いながら、机の横に掛けていた鞄に教材を詰め込んで、席を立つ。
「 そういえば、どうした? なんか用? 」
「 ああ、うん。 一緒に帰ろうと思って。今日部活ないって、さ。 」
「 え、何で? 」
彼は、答える代わりに親指を窓の外に向けた。
雨が 降っている
肌寒さのわけは、これか。
「 外あんなだから、グラウンドべしゃべしゃ。 」
「 だね。 明日グラ整大変だろうな・・・。 」
「 うぁー・・、俺ら一年ー、絶対やらされる・・。」
「 まぁまぁ。 じゃあ帰ろうか。 」
会話を交わしながら、教室を出て、階段を下りる。
湿気が多い。冷え冷えとした下駄箱。
しとしと しとしと
しとしと しとしと
ああ
あの日も そういえば
雨だった
水溜りの出来た道を歩く。
周りには、色とりどりの傘。
気圧のせいか、記憶のせいか。
頭が痛む。締め付けられるように。
けれど、この友人は酷く優しいから、心配するだろう。
無視して、笑いながら帰路に着く。
僕は 笑える
もう 笑えるんだ
大丈夫
平気なんだ
ごめん
悠
帰路といっても、僕等は寮に住んでいるから、かなり近い。
校舎のすぐ傍にある此処につくと、彼はシャワーを浴びに行った。
ごろん、とベットに転がる。
しとしと しとしと
しとしと しとしと
耳につく、雨音。
五月蝿い五月蝿い五月蝿い
しとしと しとしと
思い ださせないでくれ
しとしと しとしと
記憶の中の君は
笑うことと
泣くことしか知らない
しとしと しとしと
『 』
「 ――――――――っ!! 」
たまらなくなって
部屋を飛び出した
誰にも 会いたくない
今は 泣きたかった
ただ 無性に
体温を吸い取るような 冷たい透明な雫が
いつのまにか自身の体を濡らしていた
「 あ。 」
あれからどれくらいだろう
黒く染まったアスファルトの道路のうえで 立ち止まった
周りを見渡すと 白いガードレールの向こうに田んぼがある
ああ
此処は
「 似て、る・・・ 」
いつもいつも 彼女と一緒に通った 通学路
一緒に 歩いて 走って 転んで 泣いて 笑って
それから
それから
それ から
霧のかかったように白く霞んだ視界は
酷くぼんやりとしていて
まるで夢の中にいるようだ
遠くから ヒカリ
( あのときと 一緒 )
車のライト
( あのときと 一緒 )
目をさすような 赤
( これも 一緒 )
誰かの 悲鳴
( そしたら もうすぐ )
『
タイヤの摩擦音が鋭く響いた。
あれ おかしいな
聞こえると思ったのにな
君の声が
聞こえない
ねぇ
僕が悪かったんだ
ごめん
ごめん
いくらでも謝るから
悠
ただ 君に逢いたい
そしたら
僕は もう
何を考えているのか
口元が歪むのを意識しながら
ゆっくりと地面に伏した
このまま 死んでしまいたい
否
このまま 雨に溶けるように
すべて なかったことにして
視界が白い。
まぶしくて目を閉じて、さっき目を開けたことを知る。
もう一度開いて、白い天井を確認した。
「 ・・此処・・ 」
「 あ!! 気ぃついたっ? 」
「 ・・・山崎・・ 」
何処か怒ってるような、でもとりあえず笑顔の彼は、僕が寝ているベッドの横に座った。
あたりを見渡すと、みなれた部屋。
どうもここは、寮らしい。
「 萩谷ー・・体調悪いなら言えよな。吃驚したー。 」
「 体調・・? 」
「 そ。熱出して道路で倒れてたんだぜお前。 」
「 え 」
「 んで、日向さんが見つけてくれたんだよ。じゃなかったらお前死んでたんだぞ? 」
頭が朦朧としていたのは、熱の、せい。
あそこで、倒れたのか。僕は。
そして
それから
僕、は
「 -----っ 」
なんともいえない、ぐちゃぐちゃした想いが一気に押し寄せてきて
思わず布団に顔をうずめる。
「 わ、ちょ、苦しいなら寝てろって!!」
慌てた友人が毛布をかぶせて寝かせようとする。
その瞬間、目が 合った。
驚いた顔を、している。
どうして?
頬に、冷たい感触。
滑り落ちるような。
気付いた。
僕は
泣いて、いた。
沈黙。
なんとなく、目を合わせずらくて、彼も僕も、顔を伏せていた。
ああ くそ。
心配は、かけたくなかったのに。
「 山・・
「 俺は何も聞かないから。 」
おそるおそる話しかけると、彼は勢いよく顔を上げていった。
「 え・・? 」
「 萩谷がいいって思うまで、何にも聞かないから。 」
そういって、山崎は 笑った。
泣くのを見られるのも、こんな風に返されるのも初めてで、酷く戸惑う。
けれど。
僕も ぎこちなくでも笑いかえせた。
そう、思うことにした。
寮長を呼んでくる、といって彼が出て行った部屋は、しんとして、自分の部屋ながら殺風
景で何処か遠く感じた。
しとしと しとしと
と 音がする
まだ外は 雨は降っているのか
しばらくしていると、疲労感がどっと押し寄せてきて、目を、閉じた。
瞼の裏には、まだ。