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あなたの好きな、

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近所の公園の古ぼけたベンチ。元は木の風合いを生かした物だったのだろうが、日光と雨にさらされてすっかり灰色になってしまっている。
 天気のいい日にそこに座ってぼんやりするのが僕の、なんだろうな。趣味?のようなものだった。

 左手にブランコ、右手に砂場。以前は回転する丸いジャングルジムのような遊具もあったが、事故が起きたとかで撤去されたらしい。後は申し訳程度の花壇と、種類は知らないがそこそこ大きくなった落葉樹が数本。金網のフェンスで囲われた、ありふれた狭い公園だ。それらを見渡せる一番奥に件のベンチ。左寄りに座って、途中で寄ったコンビニのレジ袋から紙パックのジュースを取り出す。
「いつも同じ味では飽きませんか」
「そうでもないですよ」
 3連パックのパインジュースは最近めっきり見なくなって、この辺ではこれを買ったコンビニにしか置いていない。系列の他のコンビニでは見たことが無いから、もしかしたら個人商店だった頃の仕入先から購入しているのだろうか。
 包装を破ってばらすと、一つはひざの上に、一つは袋に戻す。もう一つは右手に持って、
「あなたも飲むでしょ」
「いただきます」
 遠慮なさげに突き出された白い手に紙パックを渡した。

 春も半ばを過ぎ、ご近所の玄関先にも花の咲いた鉢植えが増えた。申し訳程度と言った公園の花壇もチューリップがぽこぽこと咲いてまあまあ華やかだ。子ども達はまだ学校の時間で、公園族の奥様方は昼の準備にと引き揚げて行った。この季節が一番過ごしやすいな、と思いつつジュースをすする。
「学校は」
「はい?」
「学校は、ちゃんと行っているのですか」
「まあそれなりに。来年は就活ですしね」
「そうですか」
 頷いている彼女を横目に音を立ててジュースを飲みきった僕は、紙パックをたたんでレジ袋に放り込んだ。この公園にゴミ箱は無い。何を捨てられるか知れたものでは無いこのご時世だ。文句は言えない。ただ、何をするでもなくぼんやりしている僕が不審者として通報されないよう祈るばかりだ。
 視線を感じて、僕は右側へ袋の口を向ける。たたまれた紙パックがぽとりと落とされた。
「たまには他の味のジュースも飲んでみます?」
「あなたの好きな物で結構です」
「それならバナナコーラでも」
「もう販売していないのではないですか」
 少し驚いて右側に顔を向けると、彼女は思ったより近くで、半眼で僕をにらんでいた。ぱさついた灰色の髪が揺れる。
「それぐらいは知っています」
「だったら、たこ焼風ラムネとか」
「それは楽しそうですね」
 これは今でも販売している商品だが、全く同じ表情で口角だけを上げて見せた彼女に僕は両手を上げた。降参。
「バナナオレはいかがでしょうお姫様」
「良いのではありませんか。あなたが好きなのなら」

 小さい子どもたちと入れ替わりに公園を後にする。カサカサと鳴るレジ袋には手付かずのパインジュースが一つと空パックが二つ。このまま駅に向かえば今日の講義には楽に間に合う。今年入ったゼミの教授は甘いものが好きな人なので、残ったジュースはいつも飲んでもらっている。
 実のところ、僕は甘いものがあまり得意ではない。
「嫌いってわけでも無いし。嘘はついていませんよ、と」
 花の香りのする風が、僕の独り言をさらって消えた。
作品名:あなたの好きな、 作家名:じっぷ