Scat Back
「まあ、お前がそれを気にしてることがわかって良かったよ、逃げる姿を見てもあまり腹を立てずに済むからな……まだ春のオープン戦が始まったばかりで本番は秋だ、それまでにハードヒット恐怖症を克服すれば良いじゃないか」
「そう上手く行くかどうか……」
「情けないことを言うなよ、お前は今だってウチのエースなんだぜ」
山本はでかい手で俺の背中をどやしつけて笑った。
俺もつられて少し笑ったが、気持ちは晴れなかった。
山本が気づいていると言うことは他の仲間も気づいているだろう。
なんとかしないとチームの勢いを削ぐことにもなりかねない……。
オープン戦は2戦目、3戦目と続いて行く。
俺はハードヒット恐怖症を何とか克服しようと躍起になっていたが、思うようには行かなかった。
逃げるものか、と自分に言い聞かせれば逃げることそのものは防げる。
しかし、どうしてもヒットの寸前にスピードを緩めてしまう。
元々軽量の俺だ、加減して当たった所でどうにもならない、それならまだかわすことを考えた方がマシというものだ。
しかし、ジレンマに反して俺の成績は良い、相手チームはパスを警戒し、田中のランも警戒しなくてはならない、そんな中で俺がボールを持つとディフェンスの集まりはどうしても僅かに遅くなる、俺は楽々とディフェンスをかわし、ロングゲイン(*3)する事が出来たのだ。
とは言ってもこの2試合の相手は2部リーグ下位で、昨年までの俺たちと実力的に変わらない相手ばかり、しかし、今年の俺たちが見据えているのは秋のリーグ戦での優勝と入れ替え戦、2部上位と1部チームに勝利しなくてはならない、そこで俺のプレーが通用するのか、東山や田中が封じられた時、俺は頼りになるのか……。
注釈
*1)スクリメージライン そのダウンが始まった位置の仮想ライン、そのライン上でラインメン同士がぶつかり合うので選手の密度が高く、ここをスムースに突破できるとスピードに乗ることが出来ます。
*2)スリー&アウト アメリカンフットボールでは4回の攻撃で10ヤード前進できれば、攻撃権をを更新できますが、3回の攻撃で10ヤードを進めなかった場合、通常ボールを蹴って陣地を回復します、一度もファーストダウンを更新せずに攻撃を封じることをスリー&アウトと呼びます。。
*3)ロングゲイン ロングパスや独走で一気に長い距離前進すること。