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7.夏合宿
強豪に力の差を見せ付けられ、自分たちの課題が浮き彫りになったことで却って夏合宿は充実したものになった。
個々が自分の課題を克服しようと言う意欲を持って練習に取り組んでいるのでコーチ陣は引っ張りだこ、雰囲気は最高に良い。
精一杯練習に取り組む選手の間でトレーナー陣も大忙しだ。
もちろん由佳もその先頭に立ってかいがいしく走り回っている。
俺はついつい由佳を眼で追ってしまうのだが、向こうは特にこっちを気にしている風ではない。
脳震盪を起こした日、タクシーの中でのしおらしい態度、特に「怖かった」と言う一言がちょっとひっかかっていた、と言うよりあの時から由佳が気にかかっているのだ。
(ひょっとして俺に気がある?)と……。
しかし、どうやらあの一言は気を失って倒れている人間を初めて見たから、と言うだけのことだったらしい……
そう思い直したのだが、一度気になりだしたらあっさりと止められるものでもない。
それまでは気に入らないヤツの筆頭だったのに……。
俺が自分の課題としていたのはやはりハードヒット恐怖症の克服。
高校時代の『負けるものか』と言う気持ち、強豪校にまるで歯が立たなかった悔しい気持ち……それを常に胸に抱き続け、チームの雰囲気も俺を後押ししてくれて、俺は徐々に勇気を取り戻して行った。
そして合宿を締めくくる紅白戦。
紅組で出ていた俺は白組ゴール前3ヤードでボールを受けた俺はオープンに展開(*1)してゴールを目指す。
得意のプレーだが、チームメイトならそれは先刻承知、アウェイ用の白いジャージの二人が俺をサイドラインから弾き飛ばそうと迫る。
俺の頭には二つの選択肢が浮かんだ。
一つは白ジャージの動きの逆を衝いて中へ切れ込む……俺が外へ逃げると読んでいるだけに楽にかわせるだろう。
もう一つは二人の間に突っ込む……俺は軽量だからそれは賢い選択ではない。
しかし、俺は後者を選んで突っ込んで行った。
タッチダウン。
俺は二人ともつれるようにしてゴールに倒れ込んだ。
その瞬間、俺はわき腹に強い痛みを覚え、立ち上がることが出来なかった。
皆が心配して俺の周りに輪を作る、そしてその輪を強引に割るようにして入ってきたのは由佳だ。
「どんな感じ?」
「多分肋骨だな……折れてはいないと思う」
「どうしてわかるの?」
「折れたことがあるからさ、あの時は息をしても痛かったけど、今回はそこまで痛くない」
「担架呼ぶわね」
「ああ、大丈夫だよ、歩けるから……誰かちょっと肩を貸してくれないか?」
「あたしの肩に掴まって」
「大丈夫かよ」
「100キロ級の人だときついけどね」
「なるほど、確かに……」
俺は由佳の肩を借りて立ち上がり、宿舎に向かった。
宿舎までずっと肩を借りている必要もなかったんだが……。
「ここ、痛む?」
「ああ、そこだ……」
「折れてはいなそうね……」
「そう言っただろう?」
「これでも看護士の卵なんだから素直に診せて欲しいわ……これでどう?」
由佳はコルセットのようなものを巻いてくれた、締め付けられる分少し痛いが、動かないので鋭い痛みは感じずに済む。
「ああ……だいぶ楽だ……これなら走れそうだよ」
「なに言ってるの、ドクターストップよ、東京でちゃんと診て貰って」
「リーグ戦までには完治するんだろう?」
「レントゲンとか撮らないとわからないけど、その様子からして問題ないと思う、ちゃんとコルセットしていればだけど」
「ああ、わかったよ、病院にも行くし、コルセットも外さない……有難うな」
「え?……ああ……うん……トレーナーとしての当然の役目よ」
俺から『有難う』などと言われると思っていなかったのか、由佳は少しドギマギする、心なしか赤くなったようにも見える……。
ここはチャンスだと思ったんだが……ドアがノックされ、どうぞとも言っていないのに山本が入ってきてせっかくのチャンスの芽を摘み取ってしまった。
「どうだ?」
「ああ、これをつけていればそう痛まない、試合に戻りたかったんだがトレーナー様に止められてる」
「当たり前だ、けが人を紅白戦に出したりするもんか……由佳、どんな具合だ?」
「ひびは入っているかも、でも本人がちゃんと安静にしていればリーグ戦は大丈夫と思う」
「そうか、良かった……鷲尾、お前が自分にどんな課題を課しているのかは知ってる、でもな、あそこはお前なら楽にかわせただろう?」
「まあな、それも頭をよぎったよ」
「人それぞれ得意、不得意があるんだ、田中ならあれが正解だ、サイズもあるし頑丈だからな、だけどお前にはお前の持ち味があるだろう?」
「ああ、わかってる……でもあそこでかわさないで突っ込むのをこの合宿での課題にしてたからさ」
「わかってやってるならいいんだ……怪我が軽そうで良かったよ……お前はもう休め、これはキャプテンの俺からじゃない、監督からの指示だ、いいな?」
「ああ、わかったよ、安静にしてる」
「そうしてくれ……じゃあ、また後でな」
山本は部屋から出て行く時にもう一言付け加えた。
「邪魔して悪かったな」
……普段口数が少ないくせに、余計なことを……。
おかげで由佳もそそくさと出て行ってしまったじゃないか……。
*1)オープンに展開 タックルのずっと外側へ走ること、密度が低いのでスピードに乗れますが、大きく膨らむ分時間はかかります、早めに捕まるとロスすることも多いが、敏捷でスピード豊かなランナーがいるならば有効なプレーです。