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「撲滅週間」

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「お母さん聞いた?曲がり角のレンガの家に住んでるヒト、殺されたって」

 私は家に入るなり、そのトップニュースを母に告げた。毎日何かとせわしなく動き回っている母は、今日もやはり忙しそうに、私の言葉にも手を止めることなく、チラリと体をこちらに向けて答えた。

「知ってるよ。合田(ゴウダ)さんちでしょ?今朝から、この辺り、その話でもちきりだよ」

「めった刺しって言うの?めった殺し?そんな言葉あったっけ・・・。とにかく、なんかひどい殺され方だったって、ほんと?」

「顔も何も損傷がひどくて、誰だか判別できないぐらいひどかったって」

 私は、そのヒトの最期の姿を想像して、ブルリと身震いした。確か、昔住んでいた家が、建て替えだか何だかで住めなくなり、一緒に暮らしていた親戚一同で、曲がり角のレンガ造りの家に引っ越してきたと記憶している。

 殺されたのは、一家のうち誰だろう・・・。よく近所を元気に走り回っている、あのかわいい小さな子じゃなければいいんだけど・・・。一体、誰がやられたのかを母に聞こうと口を開いた時、

 「また、あの季節がやってきたんだね」

いつの間にか、私のすぐそばに立っていた母が、遠い目をしながら静かにつぶやいた。

 そう、ここ四、五年、毎年この季節になると事件が起こる。寒くて厳しい冬が過ぎ、日に日に暖かさが増して、緑が豊かに生い茂って来る、爽やかなこの季節。そんな素敵な季節の中、凄惨な事件は起こるのだ。

 ふと、横に立つ母の顔を見た私は、その目にうっすらと光るものを見つけて、そっと目をそらした。きっと、あのオバサンのことを思い出しているんだ。うちにもしょっちゅう遊びに来ていたから、私もよく知っていた。

 まさか、あのオバサンが急にいなくなるなんて・・・。

 源氏(ゲンジ)さんは、母が親しくしていたオバサンで、毎日のように互いの家を行き来しては、おしゃべりに花を咲かせていた。どちらも、しゃべり出したら止まらないタイプで、夕方遅くなるまで話がはずみ、夕食準備の時間にまで食い込んでしまい、週に二度は外食になるほどだった。

 ある日突然、本当に何の前触れもなく、源氏さんはいなくなった。それも一家全員で。

 その日も、母とのおしゃべりが過ぎたオバサンは、
 
「もう今夜は外食だわ。そうね、中華にしよう!そこの中華屋、美味しいしね。じゃあ、話の続きは、また明日ね!」

 と、とびきりの笑顔でうちを出ていった。オバサンちは、うちのすぐそばで、その後、家族みんなで近所の中華屋に出かけたはずだった。

「はずだった」とういうのは、推測でしかないから。だって、それきり、源氏さん一家は忽然と姿を消してしまったのだから。

 翌日、いつものようにオバサンちをたずねた母が、間もなく神妙な面持ちで戻って来た。

 「どしたの?ずいぶん早いじゃん。オバサン留守だったの?」

ベッドの端っこで、まったりしていた私は、お菓子をポイと口に放り込んで聞いた。

 「いないんだよ、源氏さん。今日も約束してたのに」
 「急用でもできたんじゃないの?」
 「うん、そうかもしれないんだけど・・・なんていうか、こうゾワゾワするんだよね。胸騒 ぎみたいな。嫌な予感がする・・・」

 母の言葉は、無情にも的中してしまった。
その日以来パッタリと、源氏さん一家の姿を見ることはなくなった。失踪、夜逃げ、何らかの事件に巻き込まれた・・・いろんな噂が飛び交ったけど、真相は誰にも分らないまま現在に至っている。

 あれから四年、いやもう五年になるか・・・源氏さん一家の失踪を封切りに、あれ以来、毎年この時期になると、何か事件が起こるのだ。うちの近所でも、すこし離れた町内でも、誰かが殺されたとか、突然いなくなったとか、まるで日常茶飯事のように不穏な噂を耳にするようになった。去年なんて、どこかの家のお父さんが、外出先からウィルスだか病原菌だかを持ち帰り、あっという間に一家全滅したとか。事件なのか、不幸な事故なのか、とにかく身震いする程恐ろしいことに変わりはない。だから、この季節には、

 「夜は出歩かないこと」
 「昼間もできるだけヒトリで行動しないこと」

が、我が家のルールになっている。それでも、日々ピリピリするオトナたちとは対照的に、私たちは毎日元気に遊び回っていた。


 「ヤバい、ヤバい!遅くなっちゃった!」

 その日、仲良しのガッちゃんと遊びに出ていた私は、足早に家路を急いでいた。日が落ちてから暗くなるまでは、あっという間で、ガールズトークで盛り上がっていた私たちは、つい時間が経つのを忘れてしまっていた。

 「お母さんに怒られるかな・・・」
鬼のような形相で怒る母の顔を想像しながらも、私の口元は、ついニヤリとほころんでいた。だって・・・来週、後藤(ゴトウ)くんとデートの約束があるんだもん!これがニヤけずにいられるかっつーの!ガッちゃんは、後藤くんと幼なじみで、来週のデートのお膳立てをしてくれたのだ。

 後藤くんの優しい笑顔、そして、色黒でツヤツヤの素敵な姿を思い出しながら、来週のデートに思いをはせていた私は、背後に迫る魔の手に全く気が付かなかった。


 「シュゴォー」

 何かすごい噴射音がして、私の体めがけて、霧のようなものが降りかかってきた。

 「え?なに、なに?」
一瞬のうちに、私の足はもつれて、それ以上前に進めなくなった。息苦しくて、体をひっくり返し、私はあお向けになった。


 「ママ!まだ生きてるよ!」

頭上はるか上の方から、大きな声が聞こえて、私はその方に目を向けようとしたのだけれど・・・。

 「ホントしぶといわね!えい!」
また別の声がした瞬間、私の体に、ものすごい一撃が振り下ろされた。

 「あぁ、お母さんの言うことを聞いて、明るいうちに帰ればよかった。後藤くんとデートしたかったな・・・」
私の思考回路も、体のすべての機能も、その瞬間終わりを告げた。


 「一匹撃破!ママ、やったね!」
男の子が興奮した声で、母親に言った。

 「今年も、ゴキブリ撲滅週間がやってきたもんね。毎年、ゴールデンウィークのこの時期に、できるだけ数を減らしておいて、夏に大繁殖しないようにって、四、五年前から町内のみんなで活動してるのよ。この辺りは飲食店が多いからね。お隣の中華屋さんからも、よく飛んでくるしね」

 母親は、強く叩きすぎてグシャリとつぶれてしまったゴキブリを、手慣れた様子で処理すると、さっさとトイレに流したのだった。
作品名:「撲滅週間」 作家名:ちょこ