池の中の狂気
そして、足音を立てないように廊下を進み、書斎のドアを開けると、正面に大きな事務机が見えた。部屋に入り周囲を見渡すと、壁に大きな肖像画が掛けられている。この屋敷の主だろう。
「不細工な旦那ね。反吐が出そう。」
彼女は机に近づき、一番上の引き出しを開けると、そこに100ドル紙幣が数枚見えた。こんなはした金でも彼女は鷲掴みにしてズボンのポケットに押し込んだ。しかし、これだけを持ち逃げする気はない。指紋が残らないように、その引き出しの奥を探ってみたが、拳銃は入っていなかった。
「どこにあるのよ。」
彼女は、その下の引き出しを引いてみたが、鍵が掛かっていた。さらにその下の引き出しを引いてみると、鍵は掛かっておらず、中には小箱や書類が詰め込まれていた。その中をざっと探してみたが、拳銃は見つからない。
「どういうことなの?」
彼女は旦那の言葉を思い出していた。『拳銃は、ひとつだけ鍵を掛けていない引き出しの奥に・・・』と言っていたはず。
「鍵が掛かっている引き出しが、ひとつじゃない?」
ふと思い立って、引き出しの中に入れてあった小箱を持ち上げてみると、そこそこの重量を感じた。彼女はその小箱に結ばれていたリボンを解いて、ふたを開けると拳銃はその中に隠されていたのだった。
満月の明かりが窓のカーテンの隙間から差し込んで、拳銃を明るく照らした。
「ふ、オートマチック。弾は入っている。」
彼女は僅かに右の口角を上げて、静かにこう言った。
彼女はそれを握り締めて、書斎を出た。玄関ホールに戻って階段の下で大きく深呼吸をした後、拳銃の安全レバーを外した。そして、それを両手で構えながら足音を立てずに階段を上った。大理石でできたその階段は軋む事もなく、外の車の走行音以外、何も聞こえなかった。
2階に辿り着くと、婦人のあえぎ声はもう聞こえて来なかった。彼女はどこが婦人の寝室か分からず、部屋のドアひとつずつ耳を当てて中の様子を伺ってみた。しかし、彼女らは眠ってしまったのだろうか、まったく声ひとつ聞こえなかった。
「だめだわ。これじゃどの部屋か分からない。」
彼女は、一旦1階に下りることにした。