天地孤独
サラバ彼方
過ぎし日に誓いをえがいたひとはいま
気づかぬ悪意を呼吸して
醜いわらいへ狎(な)れている
ぽかりとくちをひらけてわらう
その冷暗になにを匿い
一体なにを感じよう
(唖者の見つめるそそめく雲は)
(温室から昇りくる若やかな青)
(いやある時は赤みがちにかかり)
(穂並と震えるわびしい残映)
秘めし恋情… (氷結し)
今こそせめて… (雪国よ───)
悲しき恋を… (闘争と見なせ……)
(貞潔(ていけつ)のゆびが髪を撫で)
(処女の色気は乳臭く)
(さえずるものさえ星ばかり)
(今また狂気に直立し)
(今またきみを思い出す)
心象の波がおだやかに押し引き
野薔薇のねむる冬の日は
あかくつめたい現象のめざめし光
祖父の微笑はひきつって見える
きみの微笑はひきつっては見えないが
切望だけを与えて消えた
希薄の夜に月熟れる頃、月下美人の言葉をかりて
青色の演戯ゆたゆたとして
鋭い眩暈(めまい)に生ずる影は、のびやかな肢体を折りこむ娘
いつもからだは清く澄み、ひごとに貌(かお)の組み替わる
いまはサラの顔貌をし、俺の理解に死に狂う
それは確かに俺の足跡さ
よくよく見れば爪先立ちだろう
いいえ確かに女(たにん)のものです
感覚に訊けばわかります
おまえの幻覚だ………
(嘘を嘘だと告げたところで
おまえの傷付くだけだろう)
唖者は晩には青冷めた血液で
なじむ故郷に独り立ち
そこでさびしい無声が求む故郷………
(そこに踏みしめているではないか……)
そこに踏みしめているではないか!
おもいだせ…
動物界にちかい嗤笑(ししょう)や…眼差しのくつろぎ……
夏の声…祖父の靴……すべて愛する人たちの……
あのまんなかで俺は吼(ほ)えていた!
作品名:天地孤独 作家名:ShimeiKyouka