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『喧嘩百景』第13話日栄一賀VS田中西

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 西の言葉に一賀は真っ青になった。西を押し退けて環にすがりつく。
 「…環さん」
 環はその一賀をそっと押し戻した。
 「これっぽっちの傷が痛いと思う?」
 「…痛……い……、環さ…」
 一賀は胸を押さえて俯いた。
 「あ―――っ、もうっ」
西はたまらず声を上げた。
「やめだやめだ。会長も環女史もさっさと治してもらいな。痛々しくて見てられないよ。―――会長、悪かったよ。昔、あんたのいる現場に沙綾ちゃんを連れてって、守りきれなくてケガさせたのはあたしの責任だったんだから、あんたに当たるのは筋違いってぇのはわかってたんだけどさ。でも――、あんたにも大切な人が傷つけられる痛さがわかっただろ?そんでもって、あいつらがあんたのそばでどんだけ痛い思いをしてたかも、ちったあ思い知ったかよ」
一賀と環を恵子の方へ突き飛ばしておいて、西は裕紀と浩己を指差した。
 「田中」
 繋がれた鎖の長さ一杯の場所で、双子は泣き出しそうな顔でへたり込んでいた。
「あの頃のあいつらが、どんな顔してたか、思い出して反省するんだな」
 「西さん…」
一賀は振り返って裕紀と浩己に目を向けた。
 「田中…、何でお前が昔の俺たちのこと…」 
――自分たちは、二中では知らぬ者などいないと言われていた西のことを知りもしなかったのに。
 「そんだけ目立つナリで日栄一賀の周りをウロウロしてたら嫌でも目に入るって。――あああ、まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。あたしゃあさ、会長が多少なりとも反省してだな、多少なりともまっとうになってくれるならそれでいいんだよ」
西は双子が二対の涙目を自分の方へ向けるのを見ると慌ててそっぽを向いた。
「とにかく、終わりだ終わり。先輩たちも、付き合わせてスミマセンでした。――――で、ついでと言っちゃあ何ですが、あとも頼みます」
羅牙たちにぺこりと頭を下げる。
 「お疲れー」
「いい見ものだったよ」
「あとはお任せvv」
美希、羅牙、恵子はそれぞれに手を振って西を見送った。
 「――さあて、一賀ちゃん、裕紀と浩己に何か言うことは?」
一賀に意地の悪い眼差しを向けて羅牙。
「お節介」
一賀は双子から目を背け、にこにこ顔の女の子たちに言葉を投げた。
 「はいはい、ほかには?」
傷の治療のため恵子が一賀の頬に手を当てる。
「目障り」
恵子は、一賀の顔を裕紀と浩己の方へ向けさせた。
 「ほーかーにーは?」
二人の首輪を外しながら美希。
「欝陶しい」
一賀は視線の先で座り込む二人を睨みつけた。
 ――しかし、
「ほかに、あるわよね?」
優しく捩込まれた環の声にはやはり逆らえないのか、
「わ……る…かっ…た」
一賀はとうとう頭を下げた。

★             ★

 ただ、この後も一賀の「最悪」のレッテルが剥がれることはなく、彼を動かすことができるのも彼を止めることができるのも、環一人という状況にも変わりはなかったが、相本沙綾の元を訪れた一賀が彼女のこめかみについた疵を確認して膝をついて謝ったらしいというのを聞いて、一同は彼があの状況の中で田中西の話を聞くだけは聞いておりしかも多少なりとも反省するそぶりを示した――それが形だけだったとしても――ということで、西の奮闘が無駄ではなかったことを知った。
 そして、裕紀と浩己も、一賀に散々に当たり散らされてようやく、西の勝利と自分たちが一賀の視界に入っていることを実感したのだった。