続 天中殺
あの天中殺らしき日を境に、俺の人生は大きく変わった。なんて大げさなものではない。ただあの時の彼女とめでたく付き合うことになったのだ。だが、そこに漕ぎつけるまでの苦労ときたら、あの日と同じくらいの山あり谷ありだったことは言うまでもない。
その理由は……もちろん彼女の親父さんだ。認めてもらうまでの経緯はあまり思い出したくない、できるものなら真っ新な状態で紹介されたかった……
とにもかくにも、俺たちは結婚までたどりついた。ところが、その日取りがなんと、三年前のあの日と同じ。よりによってなんで! 彼女がかねてから夢見ていた式場が、その日しか空いてなかったというのが何やら嫌な予感がする。
まあ、仕方がない、また何か起こるとは限らない。彼女は、自分たちが出会えた記念日だからとむしろ喜んでいるのだし。俺は自分にそう言い聞かせて、その日を迎えた。
朝、目覚ましがならなかった――なんてことはなかった。電車も普通に動いていた。
支度があるので、彼女は一足先に家族と着いているはず。俺も無事式場にたどり着いた。ここまで何の問題もない、今日を怖れるというのはやはり俺の杞憂だったのだ。
と決めつけるのは早すぎた――
ロビーに入るとなんだか様子がおかしい。スタッフが慌ただしく走り回っている。その中の一人が俺に気づき、すぐに来てほしいとスタッフルームに連れて行かれた。そこには、彼女と彼女の両親、それから見知らぬカップルとその身内らしき人たちがいた。
これはいったい――事情を聞かされた俺は耳を疑った。
な、なんと、式場がダブルブッキングしたという! にわかには信じられない。そんなことが起こるのだろうか!
式場側は自分たちのミスであることを認め、謝罪した。何でも新人が初めての担当で……そんなこと理由になるか! その新人はひたすら頭を下げている。ただひとつ、言い訳として通用するとすれば、なんと、俺と相手方が同姓同名だったということだ。それにしても、どれほどの偶然が重なり合えば、当日まで気づかずその日を迎える、そんなことになるのだろう……
彼女の父親は、娘の晴れの日をどうしてくれるのだ! と烈火のごとく怒っている。そう、まるであの日あの時のように。俺の頭にその光景がよみがえり、まるで俺が怒られているような錯覚に陥った。最悪だ! 人生最高の日に一番思い出したくないことを思い出させられるなんて。
一方、その迫力に相手方も圧倒され、終いに、相手方の花嫁が泣き出してしまった。
今頃、ロビーは倍の招待客であふれていることだろう。誰もが途方に暮れているこの場を収めようと、式場側の責任者がとんでもない案を持ち出した。
「一緒に式を挙げてはどうでしょう?」
そんな、火に油を注ぐようなことを! 新人も新人なら、上司も上司だ、もう部屋中大騒ぎになりかけたその時だった。
「そうしましょうよ」
俺の彼女があっけらかんと言い放った。その言葉に一同は唖然とした……
結局、彼女の言う通り、俺たちは信じられないような事態に突入することになった。
急遽受付を付け足し、会場にも予備のテーブルや椅子が並べられた。余裕があったスペースはギューギューに埋まり、当然、ひな壇も倍のスペースが設けられた。料理の手配には、式場側も相当苦労したことだろう。自分らのミスだから同情する必要などないのだが。
こうして、奇妙な、見ず知らず同士の合同結婚式が始まった。双子同士などの特殊なケースならあり得るだろうが、今日初めて顔を合わせた他人同士だなんて前代未聞だろう。
生涯一度の晴れ舞台がこんな形に……天中殺以外の何物でもない。そんな嘆きから始まった式だったが、意外にもスムーズに披露宴は進行していった。
互いの司会者二人の息がピッタリで、まるで漫才の掛け合いのように場内を沸かせている。俺たちが同姓同名で、このような奇妙な事態を迎えているというのが突っ込みどころのようだった。
招待客たちも内心、人の災難を面白く思っているのか、文句を言う客は一人もおらず、滅多にない珍場面に、むしろありきたりの披露宴よりも楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
こちら側としても、式場側の慰謝料的はからいから、費用がご祝儀で軽くまかなえてしまったので、八方丸く収まる形になった。
そして、話はまだ続く。
この縁で、俺たち夫婦と、同姓同名夫婦との長い付き合いが始まったのだ。新郎同士、新婦同士が不思議と妙に気が合った。
まずは、互いにまだ、新婚旅行を決めていなかったので、一緒に行くことになった。ここでもまた、同姓同名という関係が添乗員を悩ませる結果となったが、それはそれで面白い旅行となった。
そして、帰ってからは、なんと住まいまでお隣さんになった。不動産関係の仕事に携わっている彼の新居の隣が空いていた。その情報をもらい、俺は思い切って住宅ローンを組むことにした。とりあえず、俺の賃貸マンションで新婚生活をスタートさせるつもりだったが、彼の専門的アドバイスを受け、思いもよらずマイホームを手に入れた。同姓同名のお隣同士、今度は郵便屋さんを悩ませることとなったのだ。
こうして、われわれ二家族の親密な付き合いは続いている。これから、子どもができれば、交流はもっと深くなるだろう。文字通り、遠くの親戚より近くの他人、である。
結婚式の同席というとんでもないアクシデントから始まった関係だったが、それは妻との出会いも同様だ。飲み屋で合席にならなかったら、妻との出会いもなかった。そして、どちらの出会いにも共通しているもう一つのこと、それは天中殺ではないかと思えるくらいひどい状況から始まったということだ。
災い転じて福となす、これほどの典型的な例はないのではないか、と俺はしみじみ思う。そして、今日もまた幸せな一日が始まろうとしている。