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変わらない海(掌編集・今月のイラスト)

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九月、子供たちの夏休みも終わった。
 夏の間は歓声で賑わっていた砂浜も、今は静かに寄せては返す波の音だけが漂っている。

「波の音って好き……気持ちまで洗われるような気がするの」
 紗由香がぽつりとつぶやく。
 
 祐介と一緒に三度訪れた砂浜。
 秋の気配が少しづつ忍び寄り、日差しは日に日に柔らかくなって来ている。
 それでも、とりわけ白いこの浜辺の砂は目に眩しい。

「このワンピース、良く似合うって褒めてくれたでしょう? だから今年も着て来たのよ、少しだけ肌寒いけど……」
 紗由香はそう言って微笑を浮かべる。
 
 三年前の夏、紗由香と祐介はこの砂浜で出会った。
 二年前の夏、この砂浜で友達同士から恋人同士に変わった。
 そして、昨年の夏、この砂浜で永遠の愛を誓い合った。
 
「サンダル? 返してあげないわ、だってもうこれは私のよ、私が貰っちゃったんだから」
 砂浜を小走りに駆ける紗由香、足跡を波が洗い、消して行く。
 その足跡は……ひとつきり。
 そして紗由香の足は次第にゆっくりになり、ついには止まってしまった。

「だって……あなたとの想い出の品はみんな私の宝物なんだもの……」
 紗由香は砂浜に膝をついた。
 波がワンピースの裾を濡らす。
 
「だって……あなたはもう私に新しい想い出はくれないから……あなたはもうこのサンダルを履く事は出来ないから……」

 この冬、飲酒運転の乗用車が紗由香から祐介を奪ってしまったのだ……唐突に、そして永遠に……。
 
 紗由香は祐介の姿を、まるで目の前にいるかのように思い出す事ができる……しかしそれはあくまで想い出の中にだけ存在する祐介の姿、それをどれだけ大事にしていようとも、少しづつ薄れて行ってしまう。
 なんとか祐介の姿を、声を、暖かな手の感触を記憶に止めておきたくて、祐介と訪れた場所を次々と訪ね、その時々の思い出の品を胸に押し頂く……しかし、時の流れは容赦なく記憶を削り取って行く……。
 紗由香は波打ち際に突っ伏して涙を零した。
「絶対忘れたくなんかないのに……忘れることなんかない筈だったのに……」
 波はその涙も沖へと攫って行く……。

 この海は、この砂浜は、来年も、再来年も……ずっと変わらないだろう。
 しかし、人の記憶は薄れて行く、そして人の心は変わって行く。
 寄せては返す波がいつも同じではない様に……。
 
「ごめんね、祐介……泣いてばかりいちゃいけないって、何度も自分に言い聞かせてるのに……でもね、少しづつでも前を向こうと思ってるの……あなたの姿は段々薄れてきちゃってるけど、あなたがいてくれたことだけはずっと忘れない……」

 紗由香は立ち上がった。
 顎を伝わっていた最後の涙の雫は波が連れ去ってくれた。
 そして……紗由香は手の甲で涙をぬぐって歩き出した。
 
 気持ちの整理が付くまで、あとどれ位かかるのだろう。
 でも少しづつそうしていかなくては行けないことはわかっている、天国の祐介に心配をかけないために、そして自分自身のためにも……。
 その日が来るまで、あと何回この海を訪れることになるのか……それは、今の紗由香にはまだわからない。
 
 時の流れは寄せては返す波のようなもの……。
 砂を少しだけ削り、新しい砂を運んで来てくれる。
 でも、この海は変わらずここにあり続ける。
 祐介がいて、紗由香がいて、そして二人が深く愛し合ったことはいつまでも色褪せないのと同じように……。

(終)