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よろしゅうに(掌編集・今月のイラスト)

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「痛てててて……」
 俺がひっくり返るのを見て、彼女はクスリと笑った。
「大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃない、足がしびれ過ぎて風が当たっても痛いよ」
「ふふふ……正直に言うと私も少ししびれてるの」
 彼女も膝を少し崩して横座りになった……きっちり正座している姿もいいが、こっちの方が彼女らしくて魅力的だ……。



 彼女が京都きっての古物商の令嬢だとはつい最近まで知らなかった。
 彼女と親密になったのは彼女が一人でやっている喫茶店に入り浸るようになったからであって、骨董品とはまるで関係がないのだ、彼女の店のコーヒーカップが不揃いだが味わい深いものばかりだという事には気付いていたが、俺はその価値がわかるような風流人じゃないから。
 
 
 
 高校、大学とラグビーに打ち込み、高校は男子高、大学の専攻も土木工学、そして今は工業高校で材料力学を教えながらラグビー部の顧問をしている、と言う究極的に女性と縁がない生活を送り、「バンカラ」を死語にさせないために存在しているような俺だ、しゃれた喫茶店など似合うわけもなく、入ったとしても尻が落ち着かない、もしあの日、あと2~3度気温が低かったら彼女との接点はなかったかもしれない。



 去年の夏、夏休み練習の締めくくりとして紅白戦をやった、俺は当然レフェリー役で走り回ることになる、その上監督としても両チームにひっきりなしの指示を出さなくてはならないし、選手も試合に熱中しているから大声を張り上げなければ伝わらない、暑いのには慣れているつもりだったが、紅白戦が終わると流石に喉がひりつくようだ。
 駅に向かう時、冷たい飲み物と爽やかな冷房の誘惑に負けて、似合わないのを承知で駅前商店街の外れに出来たばかりの、和を思わせる落ち着きのあるしゃれた喫茶店に立ち寄った。
 そこで運命の女性が待ち受けているとも知らずにね……。



 俺の行きつけの店といえば「ィラッシャイ!」と威勢の良い声で迎えてくれる店ばかり、「お越しやす」などと柔らかい、涼やかな声で迎えられるとなんだかドギマギしてしまう、もっとも、声の主をひと目見てドギマギはドックンドックンに変わってしまったが……。
 そして「声が少し涸れてはりますね」とサービスしてくれたラムネは俺の喉に沁み、彼女の心遣いは俺の心に沁みた……。
 『美女と野獣』の組み合わせであることは俺が一番わかってるつもりだ、でも、いくら似つかわしくないと思っても、どうにも止められない想いってあるだろう?
 いや、その瞬間まで俺はそんなものがあることを知らなかったし、まさか自分の身に起こるとも思っていなかったが……。

 ラグビーみたいに押して押して押し捲る……なんて真似は到底出来なかった。
 昨日一言言葉を交わしたら、今日は二言、明日は三言が目標……亀より遅い歩みだが、それでも一ヶ月もすれば結構会話らしきものができるようになるものだ。
 去年のクリスマスは思い出しても顔が火照る……今日こそちゃんと自分の思いを伝えなきゃいけない、とガチガチになった、自分でその緊張感に耐えられなくなって唐突に「好きです!俺と付き合ってください!」と頭を下げたんだ。
 彼女はクスリと笑って。
「私はもう半年近くお付き合いしているつもりでしたけど……でもちゃんと言ってくれはって嬉しい、よろしゅうに」
 と、お辞儀してくれた……きちんと手を膝に揃えて……。
 もう嬉しいやら照れくさいやら……あの日、その後どこへ行って何を話したのか、実はあんまり記憶にないんだ……。
 
 それから7ヶ月とちょっと……クリスマスの告白の何倍も緊張したプロポーズを経て、今日、初めて彼女の家に挨拶に訪れて……驚いた。

 誰よりも上品な女性だとは思っていたが、まさかこんなに立派な家のお嬢様だったとは……茶道具にかけては京都で一番の目利き、と言うことは日本一の目利きと言っても差し支えない、そんな人に『お嬢さんを下さい』とお願いすることになるとは思ってもみなかった……俺はガチガチに緊張したが、彼女のお父さんは人当たりの柔らかい、落ち着いた物腰の、それでいて『大旦那はん』と呼ばれるにふさわしい風格のある人だった。
 俺は緊張しっぱなしで何を話したか良く憶えていないのだが、彼女のお父さんは最後にこう言ってくれた。
「涼江、良かったやないか……見るからに誠実そうなお方や、強そうで優しそうで……気は優しくて力持ち、男はこれが一番や……どうぞ娘を末永くよろしゅうに……」
「はい、命に替えても」
 俺は思わず畳に額をこすり付けんばかりに頭を下げた、俺の隣で涼江さんも三つ指をついた……。
「まあまあ、そう固くならんと……さて、私はこの辺で消えましょうかな、後は二人でゆるりと過してくれなはれ……ほな……」
 
 緊張が緩んだ途端に足の痺れが限界を超していることに気が付いてひっくり返っちまったと言うわけ。
 
 
 
「びっくりしはった?」
「うん、びっくりしたよ……どうして言ってくれなかったの?」
「それはね、小さい頃からこの家の子だってわかると皆が私を特別扱いしたからなの、大学を出て、就職してもずっとそう……それが嫌で、だから一人で喫茶店を始めたの……でも、あなたは私が何者なのか知らないまま愛してくれたから……ごめんなさい、今まで黙ってて」
 少し遠い目をしていたが、その目にふっと柔らかさが戻る。
「それに、お父はんは人の目利きも確かだから絶対に気に入ってくれると思ってたの、だって、あなたはどこに出しても恥ずかしくない人やもの」
 彼女は脂汗を流しながら転がる俺にそっとキスしてくれた。
 彼女のキスに夢見心地にならなかったのは初めてだった……そんな事は多分これが最初で最後だろうけどね……。
 
 (終)