盗賊王の花嫁―女神の玉座4―
「どこから話せばと考えたんですけれど、回りくどいことはない方がいいですね。私の体にも腐蝕があります。神剣の血統の方々と同じものです。おそらく、後数年しか保たないでしょう」
逡巡しながらも、漓瑞は淀みなくそう言った。
黒羽は驚きはしたがただそれ以上に今までのことがすっと腑に落ちた。感じていた違和感も頻繁に瘴気に当てられていた漓瑞のこれまでの全部の理由がこれなのだ。
後数年で漓瑞が目の前から消えることにはまだ実感がわかなかった。
哀しいとか寂しいとかぼやっとした感情がうかびあがるけれども、自分の感情として受け止められるほどはっきりしない。
漓瑞はずいぶん昔から症状が出ていて、それがアデルに協力する理由になったことからこの頃の症状まで淡々と話していく。
「でも、絶対じゃないんだよな」
全部聞いて、黒羽の口から最初に零れた言葉はそれだった。
「黒羽さん……」
黒羽の意図が読み切れず漓瑞が困り顔になる。
「神剣の宗家と同じなら、神様の呪いって奴なんだろ。だったら、この先呪いを解く方法だって見つかるかもしれねえ。これだけいろんなことが分ってきてんだ。打つ手がないなんてこと、ねえだろ」
現実を受け入れられないわけではない。漓瑞の話だけでは希望を捨てられるほどの絶望感を抱けない。
「そう、かもしれません。ただ、それまでに私の体が保つとは限りません」
「見つかるまで体に負担かかることやめて、できるだけ先延ばしにするとかあるだろう」
悲観するよりも少しでも可能性があるなら諦めたくはない。
「確実に命拾いできる保障もなくここでじっと待つことは私にはできません。それは生きながら死んでいるのと同じです。私は神の末裔として真実と世界の行く末を自分の目で確かめたいんです。何より、あなたの側にいる時間を減らしたくはありません」
反論する言葉は出てこなかった。
なにかできることがあるはずなのに、じっとしているだけが耐えられないという気持ちはよくわかる。大人しくしていろと無理矢理心を縛り付けることなどできない。
「……そりゃ、あたしだってひとりよりお前と一緒に戦えた方がいいけどよ」
離れて四六時中心配しているよりも、一緒にいたいという思いも強かった。
「なら、いいでしょう。私は自分の体が動かなくなるまであなたと一緒にどこにでも行きます」
漓瑞がやっと自然に微笑んで、黒羽はうんと子供に返ったようにうなずいた。
もう二度と何も言わずに漓瑞がいなくなることはないと、今は確かに信じることができた。
「あたしは絶対にお前が助かるの諦めねえからな。だから、お前も絶対に諦めるんじゃねえぞ」
かといっていなくなっていいはずはないのだ。
黒羽がすごむと、漓瑞は目を丸くした後に微かに笑い声をもらした。
「ええ。覚悟はありますけれど、諦めはしないですよ。私にも生きたいと思う理由ぐらいありますから」
「よし。だったらいい。……全部、話してくれてよかった」
今さらになっていろいろな感情がわき上がってきて、うっすらと視界が滲む。
「私も話してよかったと思います。私が不安に思っていたより、あなたはずっと強かったんですね。自分のためにも、あなたのためにも私は諦めません」
漓瑞が戸惑いがちに黒羽の目元に浮かんだ滴を指先で拭う。
「あなたと会えてよかった」
指先が離れる瞬間に漓瑞が呟く声に、彼が触れていた目元が妙に熱く感じて黒羽は少し狼狽える。
「黒羽さん?」
「え、ああ。うん。よし、世界が壊れるのもお前の呪いもよくないこと全部、なんとしような」
自分でも雑な言葉だと分りつつも黒羽は慌てて漓瑞に返して、握り拳を作り気持ちを一度落ち着かせる。
そして不安も、怖れもあっても希望はけして捨てないと決意を固めた。
―終―
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: