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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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 肩で息をしながらサービルが鉄色の瞳で、オレグを見据える。
「ご立派なもんだ。その調子だと後一、二年で代替りしないとならないだろうが、坊やの方はどうだ? こんなもの引き継ぎたいか?」
「私は父も、先代方も尊敬し目指すべき模範としています。自らの身のために多勢を犠牲にはしません」
 まだ若い真っ直ぐな意志をハイダルがぶつけると、オレグが大仰に肩をすくめてため息をついた。
「ここで宗家会合は終了でいいんじゃないか、本局長。南と東は女神様に協力しないと決めた。それで、俺達とは敵対するわけだから、四人で仲良く話し合う事なんてもうないいだろう」
「南部総局長の体調もある。また後日に話し合いの席を設ける。以上で各位問題ないだろうか」
 ずれた眼鏡をなおしながら、ランバートがぼそぼそと予定より早すぎる閉会を告げる。
 藍李はサービルの様子をうかがい、これ以上の協議を続けるのも無駄な時間だと反論することをやめた。何よりオレグの態度が腹立たしすぎることもあった。
 始まったばかりの腐蝕の苦しみと、後に待ち構えているさらなる苦痛への恐怖を誤魔化すために一日中飲んだくれているオレグとまともな意見を交わすなど無理だ。
(まったく、厄介な人をひきこんでくれたものだわ)
 真っ先に退出するオレグに続き、誰とも視線を合わせようとしないランバートが部屋を出る。
「サービル様、お加減は? 父を呼びましょうか」
 藍李も席を立って少し落ち着いてきたサービルの側に寄って、医務部長である父に診てもらうか訊ねる。
「いや、大丈夫だ。……やはり監理局は割れてしまうのか」
 サービルが首を横に振った後、落胆する。
「そうですわね。だけれど、サービル様がお味方して下さるのはとても心強いですわ。ハイダルも」
 東部局が孤立無援とならないだけましである。これで南部局もアデル側についたとなれば、東部局の分家ですら離叛してしまう怖れすらあった。
「北部総局長があのような方だとは承知の上でしたが、とても神剣の宗家当主たる態度とは……」
 ハイダルが憤りを隠さずに歯噛みする。真面目な彼とオレグとは水と油と同じでけして混じることはない。サービルが寝付くようになれば総局長の任を継ぐこととなる跡目も意見を翻すことはなさそうで助かった。
「あの性根をたたき直すなんて、女神様と対峙するより困難よ。サービル様、今日はゆっくり静養なさって下さい。またお屋敷に伺うので、話はその時に」
「すまない。こんな時に腐蝕が酷くなるとは無念だ。いい、ひとりで立てる」
 息子が手を貸すのを断るサービルの顔色はまだ悪いものの、足取りはしっかりしていてほっとする。
 かといって安心しきることもできない。腐蝕は急速に悪化していく。藍李の母もまだ自力で動ける状態から、たったふた月で寝台から起き上がることが難しくなった。
(弱気になってる暇なんてないのよ)
 立ち向かうにはあまりにも大きすぎる壁に気がつけば怯んでいる自分がいて、藍李は自分自身を叱咤する。
 しかし総局長に就任してから体も心も疲れっぱなしで、ゆっくりと休まることがない。
(今日は絶対に黒羽と一緒にご飯食べて一緒に寝る。これぐらいのごほうびないとやってらんないわ)
 そして束の間の安息を得るために、親友にべったり甘えて過ごすことを藍李は固く決意した。

***

「なあ、ランバート、結局南部は駄目だったな」
 オレグの数歩後ろをうつむき気味に歩いていたランバートは、突然声をかけられてびくりとする。
 ぼうっと自分の世界に入り込んでいたので、一瞬答えにつまった。人前で堂々とするのは苦手で、しかし宗家会合では本局長として振る舞わねばならず終わった後はこうしてぼんやり自分の殻の中へと逃げ込んでしまう。
「……サービル様とハイダルが従わないのは予測通りなので」
「まあそりゃそうだ。そうじゃねえと俺だけにアデルが声かけるなんてことないもんな。それで、どうするんだ? 瘴気を蔓延させたいなら妖魔の駆逐をやめればいいはなしだが、そう簡単なことでもないだろう」
「兄上の指示がないので、まだ何も。勝手に動くのはいけません」
 意気揚々と人々が妖魔に襲われるままにすると言ってのけるオレグに、ランバートは眉をひそめながら釘を刺す。
 オレグは苦手だ。しかし兄が協力しろと言うのなら従うしかなく、何もかもを知ってしまった以上は余計な動きをしないように見ていなければならない。
「その指示が砂巌の一件からまったくないだろ」
「いえ、今朝方手紙だけ。次は南でなんらかの異変が起こるそうです。まだ、兄にも確実なことはわからないと」
 あまりにも短すぎる手紙の内容は不明瞭だった。
「南か。面倒くさいな。じゃあ、指示があったら連絡してくれ。俺は酒が切れたから家に帰る」
 ひらひらと手を振ってオレグが廊下の分かれ道を右へと曲がる。
 あれでは腐蝕より先に酒で死んでしまうのではないかとランバートは呆れる。しかし、彼なりの運命への抗う方法なのかもしれない。どうせ死を迎えるなら、自分が選んだ方法でと。
 過去にもそうして自害した当主も複数いたらしい。
(俺は、抗えているのだろうか)
 ランバートは自分自身を振り返りながら、答えの出ない問いかけを投げる。
 たぶんきっとそれは最期の瞬間までわかない気がする。
 ランバートは一番落ち着ける自分の部屋にとぼとぼと爪先を眺めながら戻っていった。


***
 
 兄弟達と楽しい時間を過ごした後、黒羽は島東部にある九龍家の屋敷、藍李の生家での夕食に招かれていた。
 海を臨める露台は欄干に等間隔に並べられた灯篭のぼんやりとした光に包まれている。黒塗りの飯台の上にも燭台が置かれて、すでに空になった陶器の皿が光を反射する。
「お前はそこまでにしとけよ。そんなに強くねえだろ」
 黒羽は盃に酒を注ぐ藍李を止める。
「今日はね、ちょこっとだけ酔っ払っていい気分になりたいの。年がら年中飲んだくれるなんて考えられないけど、たまには好きなだけ飲んだっていいじゃない」
 そんなことを言う藍李の呂律は少々怪しい。おぼろげな灯では分かりづらいが、おそらく白い頬も赤らんでいることだろう。
「もう酔ってるだろ。ほら、これ以上は面倒くさくなるからやめとけ」
「面倒くさいってなによ。……一緒に湯浴みしてくれるなら考える」
 唇を尖らせて訳の分からない要求をする藍李に、黒羽は肩を落とす。
「ちょっとどころじゃなく酔ってんじゃねえかよ。あたしはもうすませてるからひとりで行ってこい」
「つまんないわねえ。じゃあ、私は湯浴みしてくるから黒羽は奥の部屋で待ってて。一緒に寝るんだからね。帰っちゃ駄目よ」
 念押しして藍李が浴室へと消えてから黒羽も言われるがままに奥の寝室へと入る。真ん中に大きな寝台がひとつと、あとは小さな卓がある。あとは幾つもの書物が積み重ねられていた。
「あいつちゃんと休んでるのかよ」
 三人ぐらいは寝られる広い寝台の片隅にも書物が数冊あって、どうにもここまで仕事や調べ物を持ち込んでいるようにしか見えなかった。
 総局長という立場と今の複雑な状況を思えば藍李が忙しいのは分かるとはいえ、寝室にまで職務が侵食してきているのはいささか心配になる。
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: