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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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当たり屋ジジイ

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当たり屋ジジイ



「もう、なんでここに置きっ放しなのよ。」
「ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったの。」

 またいつものドタバタが始まった。小学生の娘が登校する直前は、いつも女房が大声を上げている。

「もういいから早く行きなさい。パパがやっとくから。」
 大きくため息をつく女房に目配せをしながら、テーブルに出しっぱなしの教科書を重ねて持ち、娘を玄関まで見送って、私は階段を上がった。
 娘の部屋に入るといつも散らかっている。掃除をするように言っても、あまりキレイにならない。一度一緒に片付けてやらないと整理、整頓と清掃の違いが分からないんだろうな。教科書は椅子の座面にしか置くところがなかった。

 リビングに戻ると、女房も出勤の支度をしている。私は彼女より15分ほど遅れて家を出るので、その時、朝食のお皿を洗うのが日課だ。
 女房は毎日、5時半に起床して、リビングとキッチンの掃除の後、洗濯機を回す。それらを窓際に干している頃、起きて来る私に朝食を作り、昼の弁当も用意してくれる。結婚してから毎日そうしてくれるので、心から感謝している。
 娘は6時に起きて、顔を洗ったら、1時間勉強をする。宿題は前日に済ませておいて、毎朝、自主勉なるものをしている。それは小学校で推奨されてる自由勉強で、何でも気が向いたものでいいのだが、この子は漢字検定を受けたいと言って、最近は漢検の講座を自習しているようだ。7時半の集団登校に間に合うように、家を飛び出るまで勉強しているのはスバラシイ。少しくらい整理整頓できなくっても大目に見てやればいいのに。

 約30分かけて化粧をした女房は、8時になったら、必ず私にキスをして家を出る。愛車の金色のベンツで、派手に出勤する先は近くの小学校だ。管理栄養士の彼女は、市の依頼で児童の栄養指導のためにこの職に就いたが、今は発達障害児のクラスの支援員みたいなことをしているらしい。

 私は一人になってから身支度をしていると、携帯電話の充電ができていないことに気付いた。慌てて充電ケーブルを挿したが、残り23%の表示だ。
「まあ会社で充電すれば問題ないさ。」
待ち受け画面の女房と娘に語り掛けた。

 カバンに弁当を詰め込んだ時、電話が鳴った。この音は女房からだ。私は充電ケーブルを挿したまま電話に出た。
「もしもし・・・」
「早田町の信号まで来て!」
「なに?」
「助けて!」
「どうした?」
「#$%&〆ξ▲h§!!!」
何か男の叫び声が電話の向こうから聞こえて、言い争っているようだ。
「ツーツーツーツー。」
切れた。
 ただ事じゃない。いつも温厚な女房が叫んでいる。

 急いで家を出た。冷静になろうと思ったが、そうはいかない。ハンカチなどは持たずに飛び出した。早田町信号は、車で5分ほどの所だ。
 外は昨日から小雨が降っていた。連日黄砂も降っており、女房のベンツは黄砂に近い色をしているのであまり汚れは気にならないらしいが、庭のガレージの仕事用の黒いバンは、少しくすんで見える。私はそのバンに飛び乗り、急いでアクセルを踏んだ。普段は表通りまで、時速20キロほどの安全運転を心がけているが、今は40キロ以上出てるだろう。
 表通りへは左折で、ちょっと強引に割り込んで合流して、スピードをさらに上げた。一つ目の信号で引っかかり、停車した。そこで女房に電話してみたが、コールするものの留守番電話になってしまった。

 青信号になってすぐ、ロケットスタート、これもまた強引に右折した。次の100メートル先の信号が早田町だ。見えた。金色のベンツが道の真ん中に停まっていて、渋滞を巻き起こしている。金色と言ってもシックなベージュのメタリックだが、目立つ車だ。
 早田町信号は、片側1車線の道路に細い生活道路が交差する四つ辻だが、この細い道が少しずれていてクランク状に交差しているために、交差点自体が広くなっている。その交差点を通過する車が、道の真ん中に停車するベンツを見ながらゆっくりと進むので、気が急いてもなかなかそこにたどり着けない。

 徐々に近付いて行くと女房が見えた。その前で、黒い雨合羽の初老の男性が怒鳴り散らしている。やっとのことでベンツにたどり着き、その交差点を左折したところに車を停めようとしたら、ベンツの前に自転車が倒れていた。
「やっぱり事故か。」

 私は自転車を大きく迂回して左折、女房と目が合い軽く頷いて、民家の前に駐車した。その家の住人らしき男性が立っていて私を見た。車を降りると、
「すみません。少し停めさせてください。」
私は返事は待たずに、傘も差さず雨に濡れたままの女房に駆け寄った。
「どうしたの!?」
「言いがかり付けて来るのよ。」
「お前がぶつかったんじゃないか!」
「当たってないわ!」
女房は賢い女だ。こんな面倒は嫌いだから、すぐに警察に連絡して、粛々と事故処理に当たるはず。
「警察は呼んだ?」
「警察なんか必要ない! お前は誰だ!」
初老の男性がスゴんで見せた。これは厄介な奴だなとすぐに分かった。
「彼女の夫です。ご主人さん落ち着いて話しましょう。」
「俺は落ち着いてる! この女が、悪いんだろ!」
私は車の前面を確認した。キズは見当たらない。
「どこにぶつかったの?」
「当たってないし。」
「じゃなんで自転車こけてるの?」
「勝手にコケて・・・」
「お前がぶつかってきたからだろ!」
こりゃだめだ。

作品名:当たり屋ジジイ 作家名:亨利(ヘンリー)